日誌


2018/04/08

POLITICAL ECONOMY 第116号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
中国で徘徊する『デジタル・レーニン主義』
 
                          NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年

 「一匹の妖怪がアジアを徘徊している──デジタル・レーニン主義という妖怪が」。マルクス、エンゲルスの名著『共産党宣言』冒頭になぞらえて表現すればこう書かれることになるのだろうか。昨年10月の中国共産党第19回大会以降、順調に拡大の道を歩む中国経済を分析するツールとして『デジタル・レーニン主義』の語彙が静かに広がりはじめている。「『デジタル・レーニン主義』で中国経済が世界最先端におどり出た」(元経産省官僚で現代中国研究家の津上俊哉氏)、「習近平の長期独裁を可能にする『デジタル共産主義』その驚きのしくみ』(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏)などの報告がそれだ。

 元日経新聞論説副主幹の土谷英夫氏は「歴史の遺物のはずの『社会主義』を、先月の中国共産党大会で、習近平総書記が連呼した。ビッグデータなどデジタル技術の活用で、計画経済の“敗者復活”があるかも、という見方が出てきた。名づけて『デジタル・レーニン主義(Digital Leninism)』。その変化を『デジタル・レーニン主義』と名づけたのは、ドイツのメルカトル財団・中国研究所のセバスチャン・ハイルマン所長。習政権がデジタル技術を利用し、経済や社会の統治を再構築しつつある、と見る」と指摘する。

  ウォール・ストリート・ジャーナル中国担当コラムニストのアンドリュー・ブラウンがハイルマン所長の言説を紹介したことがきっかけで注目されたが、インターネットやAI(人工知能)、EVといった分野で中国の成長が続いていることが背景にある。アリババやテンセント、百度(バイドゥ)などIT企業が手がけるファイナンス・テクノロジー(フィンテック)が新たな事業プラットフォームを提供し、それが新ビジネスの創造を爆発的に促しており、この分野では日本を追い越し、世界のトップクラスに迫っていることが根拠となっているようだ。

AIでビッグデータを活用

 その全体像はまだ明らかではないが、津上氏は事例としてアリババの小口融資サービスを次のように紹介している。

「たとえば農家が種子や肥料の仕入れのために20万元(350万円ほど)の融資をスマホから申し込む。仕組みはこうだ。融資を申請した農家は、農産物の消費者向け販売にはアリババのBtoCサイトを、資材の仕入れにはアリババのBtoBサイトを使っているので、アリババにはこの農家の経営状況が『見える』。加えて『去年の同じ時期にも金額・用途が似た貸し付けを実行し、期限どおり返済された…』こうしたデータを利用してAIが即座に融資判断を行うので、数秒で着金が可能になる。それでいて、与信リスクもじゅうぶんに低い」

  巨大化したITシステム網を通じて入手したビッグデータをAI技術で活用、企業や消費者、行政などを巻き込む低コストのネットワークとして形成。シェアビジネス、小口決済、ソーシャル・ファイナンスなどの新規ビジネスを創業するとともに、巨大なデータベース(アリババの「芝麻信用」)を基盤に何億何千万人というユーザーをポイントで格付けして(スコア化)、社会のあらゆる分野の与信機能としてビジネス化する。

 『デジタル・レーニン主義』とはこれを国家レベルで実践しようという試みだ。習政権1期目の2014年に「社会信用システム構築計画網要」を決定、2020年までに政務、ビジネス、社会、司法の4分野で全社会をカバーする信用システムの構築に着手。すでに動き出している「信用中国(Credit China)」サイトでは行政許認可と行政処罰の開示情報を対象者の氏名・名称や番号で検索することが可能となり、違法駐車歴も検索できる。中国では個人も企業も18桁の識別番号が与えられており、借金不払いで強制執行を受けてなお返済しない人物のブラックリストも公開、対象者は昨年末で920万人。氏名公開という社会的制裁だけでなく、債権者が裁判所に申請すれば飛行機や高速鉄道に乗れなくする措置も可能。この措置で飛行機に搭乗できない者900万人、高速鉄道に乗車できない者300万人もいるという。

個人データの一元管理で計画経済が実現か

 さらに進んで、顔写真、指紋などの「生体認証情報」を背番号で個人に紐付けする「アドハー」システムと、その上に住所や銀行の取引明細、職務経歴や、病院での診察、納税状況などあらゆる個人データを紐付け・一元管理して他人にも参照させられる「インディア・スタック」システムが出来ている。「ビッグデータの時代に、人工知能(AI)の力を借りれば、市場の“見えざる手”に代わる計画経済が実現できる」(馬雲アリババ集団会長)との予測はあながちホラではない。「インターネット安全法」はネット事業者に政府への協力を義務づけており、これらの技術を駆使すれば人口14億人のどの人でも、それが誰であるか3秒以内に突き止められるデータベースも可能だ。ジョージ・オーウェルの小説「1984年」を彷彿とさせる監視社会だ。

 習政権の『デジタル・レーニン主義』は「一党独裁・中央集権で、基本的人権を制限する中国だから可能だが、こんな社会には住みたくない」と見るか、「IT、AIをツールに豊で挑戦的な新たな社会の可能性を開く」と見るか。ハイルマン所長の「西側資本主義国では不平等が拡大し、ポピュリズムが台頭する。デジタル・レーニン主義は、自由市場経済と民主政治への重大な挑戦」との指摘を噛み締める必要がありそうだ。


11:43

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告