日誌


2018/03/23

POLITICAL ECONOMY 第115号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
アベノミクスは終局を迎えるのか
                                                    横浜アクションリサーチ 金子文夫

ついに物価2%の達成時期を明示せず

 日銀は4月27日の金融政策決定会合で、物価上昇2%の目標の達成時期を示すことを
断念した。2013年4月、黒田総裁は、日銀の通貨供給量を2年で2倍に増やし、2%の物価目標を達成するとして、2を三つ並べるインパクトのある異次元金融緩和政策を打ち出した。これがアベノミクスの目標であるデフレ脱却のための象徴的な宣言となった。

 しかし、その後、物価2%は一度も達成されず、目標時期は6回に渡って先送りを繰り返し、ついに今回の断念に追い込まれた。物価目標の意味は変化したのだろうか。

 最近刊行された、軽部謙介『官僚たちのアベノミクス』(岩波新書)は、2012年秋の第二次安倍政権成立前後から2013年夏までの初期アベノミクス形成過程について、首相官邸、財務省、日銀などの水面下の動きを追跡しており、実に興味深い。それによると、リフレ派エコノミストに影響された安倍首相が、デフレ脱却のために日銀に2%の物価目標を2年で達成という責任をとらせようとし、白川日銀総裁が懸命に抵抗するなかで、妥協の産物として2013年1月の政府・日銀共同声明が作成された経緯が明らかにされている。共同声明では、2%の物価目標を示す点では日銀が譲歩し、2年という達成時期を書かない点では安倍首相が譲歩する形となった。

 この共同声明を引き継ぎ、2013年4月に黒田総裁は2%を2年で達成と表明したわけである。リフレ派の岩田副総裁は、2年で達成されない場合はどう責任をとるかと問われ、その時は副総裁を辞任するとまで言い切った。しかし、その後も目標は達成されず、岩田氏は5年の任期満了まで辞任をしなかった。

異次元の金融政策は変わっていくのか

 安倍政権の支持率が低下し、自民党内では次の総裁候補の名前が取り沙汰されている。仮に安倍政権退場となった場合、アベノミクスという経済政策は看板を架け替えることになるだろう。しかし、当初の3本の矢のうち、象徴的な意味をもっている日銀の異次元金融緩和政策は、そう簡単には変更できないのではないか。

 黒田総裁の姿勢、リフレ派が主流となっている日銀審議委員の構成だけでなく、当面の景気見通しをみれば、「出口政策」へと舵を切ることはありそうもない。実際のところ、金融政策の方向転換は、為替相場、株価、長期金利などに想定を超えた急変をもたらす可能性がある。これまでの世界的な金融緩和の結果、グローバル金融市場には過剰なマネーが堆積しており、日本の金融市場を動かす力をもっている海外の投資ファンドが投機的行動に出るリスクがある。

 さらにいえば、財務省の一連の失態によって、消費税の10%への引上げも覚束なくなってきた。財政再建の見通しがまたも遠のくとすれば、これも日本経済のリスクを高める材料になる。日銀は、マイナス金利による金融機関の経営悪化、過剰なマネー供給による資産バブルという問題を抱えながら、身動きをとれない袋小路に陥っているのが実態ではないのか。

日銀、GPIFによる円安、株高効果は続くのか

 アベノミクスの成果といえば、円安操作を通じた株価上昇があげられる。円安誘導について、4月27日の財務省発表によれば、外国為替特別会計による為替介入は2011年12月から現在まで、一度も行っていないという。にもかかわらず円安が進行したのは、日銀の金融緩和の効果が大きい。それに加えて、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の役割も見逃せない。GPIFの円安誘導に果たした役割については、伊東光晴「安倍経済政策を全面否定する」(『世界』2018年4月号)が、データを示して明らかにしている。GPIFは国債中心の資産運用から国内株式、外国株式、外国債券などの割合を増やす方針へと転換した。

 つまり、日銀は金融緩和による円安誘導を通じて間接的に、またETF購入を通じて直接的に株価上昇を支え、GPIFは外国株式・債券購入による円安効果を介して間接的に、また国内株式購入を通じて直接的に株価上昇を促した。このような公的機関による円安、株高誘導が見えているため、海外投資ファンドの日本株購入が進展した。

 しかし、日銀、GPIFによる円安、株高効果はすでに限界にきている。日銀の動き方次第では、円高・株安を招きかねないし、GPIFもポートフォリオ変更の枠を使い切っている。ここにも、動くに動けないアベノミクスの行き詰まりをみることができる。


13:28

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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