日誌


2018/03/10

POLITICAL ECONOMY 第114号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
高齢者の生活破綻と年金制度
                                         まちかどウォッチャー 金田麗子

 突然85歳の母から電話がかかってきた。「こんなにお金が無くなるとは思わなかった」。88歳の父が入退院を繰り返していることが直接の原因だが、公務員だった父、公共企業体職員だった母は、まあまあの水準の年金を受給し、蓄えもそれなりにあったはずだと思っていたので驚いた。

 しかし夫婦とも80歳を超え、病身で医療費がかさめば預貯金も減り続けるのは当然だった。母は、年金の早期受給を開始したため、一回分の受給金額が低い。父が死亡した場合、年金が大幅に減額されることは明らかだ。不安になるのは当たり前だった。

 厚生労働省の「老齢年金受給者実態調査」(平成28年)によると、年金の平均受給額は年間で男性185.1万円、女性105.9万円、受給無しがそれぞれ6.5%、18.1%存在する。

 世帯構成を見ると、男は2人が43.6%、3人が17.4%の順であるのに対し、女は2人が35.4%、1人が21.5%と年齢が高いほど独居である。世帯構成員は、配偶者のみが男69.1%、女45.6%、子または子の配偶者と同居は男34.2%、女38.1%。親と同居が64歳以下男で18%、女13.6%、65~69歳で男9.2%、女7.2%である。

単身高齢者の低年金と就労

 60代の子どもが、80代、90代の高齢の親の面倒見ている。私のまわりでも、パートや非正規で働きながら高齢の親の面倒を見ている人が少なくない。子ども世代が高齢化しているのに、自身の老後の見通しなどたたない状況があるのだ。

 就労している人は64歳以下は男57.8%、女42.9%、65~69歳は男44%、女26.5%、70~74歳男28%、女15.4%と、男女ともに70代半ばまで働いていることがわかる。就業状況別にみると、パート就労の割合は64歳以下の男で30.3%、女27.4%、65~69歳は男17.4%、女14.9%、70~74歳男10.7%、女6.1%と、自営業の男9%、女4.7%に比して多い。

 全受給者の32.4%である夫婦のみの世帯の受給年金額は、300~400万円が37.5%である。収入の平均は433.8万円だが、このうち公的年金の割合が76.9%(同82.9%)を占める。支出の平均は月24.6万円で、平均収入だとしてもぎりぎりの生活だ。

 単身世帯は全受給者の17.5%だが男5.5%、女12%。年齢構成では65~69歳が19.6%、80~84歳は17.8%、男女別にみると、男は65~69歳29.2%、70~74歳17.6%、女80~84歳20.1%. 75~79歳18.8%で、女性の45.6%が80歳以上の受給者となっており、単身女性の高齢化が明らかだ。

 年間の平均収入は、男244.1万円、女179.6万円で、年金の占める割合は、男79.4%、女87.3%。年金受給額の平均は男性164.1万円。女性は140.3万円。これに対し支出額は月間で男17.1万円、女14.4万円である。年金だけでは家計は明らかに赤字で、収入額に対してもぎりぎり。配偶者のみの世帯より厳しい単身世帯の状況がうかがえる。

 このように現状でも厳しい生活実態の年金受給者だが、さらなる超高齢社会に向かっていくと予想されている中、現行の年金制度の維持は困難という議論がさかんに行われている。

 それもこれもたどっていくと、70年代半ば以降の世代、団塊ジュニア世代の婚姻率、出生率の低下が、少子高齢化の要因になった。橋本健二氏「新・日本の階級社会」(講談社)によると、いわゆる就職氷河期にあたって、大卒の就職が厳しく、新卒も含め非正規が拡大した。非正規労働者を中心に「労働者階級」の下に「アンダークラス」が出現。就職氷河期世代はアンダークラスの主力部隊だという。貧困であるがゆえに、結婚して家族を構成し、子どもを産み育てることができなかった世代というのである。

安定雇用への転換-制度維持ために

 風が吹けば桶屋がもうかる式の話ではないが、非正規からの安定雇用への転換、正社員化、大幅な賃上げを進める以外、解決する手段はないのではないか。まずは最低賃金の大幅な引き上げ。非正規でも大卒初任給程度の生活ができるベースを確保したい。

 もっと簡単なことは、いわゆる「無期転換ルール」を確実に進めることだ。この4月から改正労働契約法により、有期雇用で5年を超えて契約更新する人が希望したら、無期雇用に転換できるのだが、実態は「雇止め」などの脱法行為をおこなう会社が、特に大手の製造現場や、大学・研究機関などを中心に広くみられる。

 こんなちまちました卑劣なことをやっているから、日本国内で若者は車なんか買わない。経営者は自分で自分の産業の首を絞めているのだ。労働力の一部は、AI化できても、消費し、税金や社会保険料を払い、人間自身の再生産も人間自身にしかできないと
いうのに。


14:28

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告