日誌


2018/03/09

POLITICAL ECONOMY 第113号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
景気回復が実感できない一因は大津波・原発事故だ
                                  経済アナリスト 柏木 勉

 本年3月はいろいろなことがありましたが、東日本大震災が起こって7年目を迎えました。今回は、東日本大震災と景気回復の実感との関係について考えたいと思います。

 景気回復が続く中で、一般国民の多くがその実感を持てないのはなぜでしょうか?

 これに対して、企業が過去最高の利益を更新しているのに賃上げを抑制しているからだと云われてきました。今年の春闘もたいしたことはなく、まったく期待外れといわざるを得ません。ベアはあってもなくても同じような結果です。個々の組合員は定期昇給ないしは賃金体系維持分がありますから、まあ、組合用語で云うところの「一定の」成果にはなります。また大企業では一時金をかなりの水準で出しています。「一時金を出してやって基本給上昇になるベアは黙らせる」というのは、従来からの経営サイドの基本姿勢です。それが貫かれているのです。リストラに怯える労使協調路線によって、官製春闘は今年も期待外れに終わりました。

 さてそこで、不十分な賃上げが景気回復を実感させないというのは確かですが、今回は、それとは別のあまり取り上げられない要因を考えたいと思います。とはいえ、あまり詰めて検討してきたわけではないので、明確な数字をあげて申し上げることができません。かなり単純化した大まかな話になりますが、その要因とは東日本大震災(大津波と福島原発事故)の影響です。ただし誤解しないでいただきたい。以下では、あくまで経済学的に考えるということです。

大津波と原発事故がストックを減少させた

 大津波と深刻な原発事故を引き起こした東日本大震災は家屋、工場、公共施設、交通機関、堤防、港等々の破壊、福島原発事故によるメルトダウン、放射性物質の拡散、汚染水流出、そして何よりも死者1万6千人、行方不明者2千6百人と、甚大な被害で日本経済のストック(国富)を減少させ流出させてしまいました。

 このストックの減少は、いわば広大な水田に巨大な穴があいてしまって耕作ができなくなってしまった、あるいは全国の全ての広く長い高速道路に大きな亀裂が生じて通れなくなってしまったというイメージです。巨大な穴と亀裂のために全体の生活水準は低下します。実際は直接の被害者の生活水準が大きく低下し、それ以外の国民はあまり低下しませんが、波及効果が低下の方向に引っ張ります。この穴と亀裂を埋めるために政府は巨額の復興予算を組み、東電はもちろんのことですがその他の民間の企業や個人も大きなコストを払っています。

 資金(カネ)の面からいうと、日銀が無からカネを生み出して事実上の財政ファイナンスをしていますから、その一定部分は資金調達に役立っています(国債発行)。

 しかし、問題は実体経済であり、必要な人とモノは無から生み出すわけにはいきません。
まずは穴や亀裂を埋めるために人とモノという実体の投入が必要です。ですが、その投入は穴や亀裂を埋めて元どおりにする(ストックを元の水準にもどす)だけのものです。この人、モノの投入分は大津波、原発事故が起きなければ、他の用途に回して国民生活の向上に寄与できるものでした。ですから、その意味で、本来つぎ込まなくて済んだものに膨大な人、モノがつぎ込まれているのです。そして、これらの投入で穴と亀裂が埋まるまで、つまりストックが元の水準に戻るまでは生活水準の向上はありません。日銀が財政ファイナンスで資金をいくら用意しても、元の水準にストックを回復するために人、モノが投入されていれば、生活向上に投入される人、モノはその分だけ少なくなってしまいます。

大震災がなければつぎ込まなくても済んだ人、モノの投入もGDPにカウントされる

 ところが、大震災がなければつぎ込まなくても済んだ人、モノの投入は実質GDPにカウントされます。カネでカウントすれば名目GDPになります。穴や亀裂を埋めて元の状態に戻すだけなのに、GDP成長率は高くなります。まだ元の状態に戻らない間は、低下した生活水準はGDPの成長によって徐々に改善するものの、もともとの水準より低いことに違いはありません。

 一方、俗世間的には景気回復とはGDP成長が続くことといわれています。しかし、以上のようにGDP成長が続いても、生活向上につながらないことが生じるわけです。

 これはストックとフローの関係の話です。安倍政権はこのことを全く無視し、GDP成長が「いざなぎ景気」を超えて戦後最長になることだけを強調して自画自賛しています。

 大まかな数字をあげますと、政府の「東日本大震災復旧・復興関係経費」は2011年度から2016年度までで31兆7千億円が投入されました。このうち「原子力災害復興関係」は4兆5千億円です。この数字だけでは、どこまでが復旧への支出か(ストックが元どおりになる)、どこからが復旧を超えた支出か判然としませんが、いずれにしても大津波と原発事故が起こらなければ、これだけの支出と人、モノの投入は必要ありませんでした。これだけの支出のうち相当部分を、もっとほかの分野、例えば社会保障に回すことが可能だったわけです。それが不可能になって国民の生活向上は遅れてしまった。GDPの成長が続いても生活向上の実感が持てない一因になったのはまちがいないでしょう。


22:23

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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