日誌


2018/11/29

POLITICAL ECONOMY 131号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
経済産業省の相次ぐ失態
安倍政権の厳しい前途を予兆
                          横浜アクションリサーチ 金子文夫

 安倍政権の経済政策を主導しているのが経済産業省であることは広く知られている。首相側近の今井秘書官を筆頭に、アベノミクスの成長戦略は経産省を中心にして立案、実行されてきた。しかし、2018年の終りにきて、経産省の失態が相次いでいる。

 第一は、産業革新投資機構(JIC)の崩壊である。JICは、2003年設立の産業再生機構、それに続く2009年設立の産業革新機構を引き継ぐ形で2018年9月に発足した国策投資ファンドである。成長戦略の目玉として2兆円規模の政府資金を動員し、革新的な産業・企業の育成を推進することが目的とされた。しかし、発足直後に、役員の高額報酬(業績連動報酬を含め1億円超)の約束が撤回されたことが発端になり、取締役11人(社外取締役5人を含む)中、官僚出身の2人を除く9人全員が辞任という異例の事態を招いた。経産省の約束撤回は、菅官房長官の意向の反映という指摘もみられる。

 辞任の原因は、報酬をめぐる対立だけでなく、官民ファンドという仕組みに対する認識のギャップも大きかったようだ。経産省側は、政府資金を活用する以上、投資先の選定に対する認可権限を行使し、子ファンド、孫ファンドの情報開示を求める姿勢を示した。それに対して民間出身の経営陣は、投資事業に対する政府の介入、以前の官民ファンドにみられた国策的な不採算企業救済の圧力を感じたようである。結局、官と民との「いいとこ取り」をねらいながら、官民間のギャップを埋められず、成長戦略の推進装置と期待された大型ファンドの試みは、あえなく頓挫することになった。

相次ぐ原発輸出撤退

 第二は、原発輸出戦略の破綻である。国内の原発新規建設ができないなか、経産省と原発メーカーは輸出に活路を求めていたが、何年もかけて合意に持ち込んだ案件が次々に断念に追い込まれている。福島原発事故以前から話が進んでいた案件では、2012年リトアニア(日立)、2014年台湾(日立、東芝、三菱重工)、2016年ベトナムなど、計画中止が続いた。にもかかわらず、その後も、トルコ(三菱重工)、英国(東芝、日立)の計画は推進された。

 しかし、2018年12月に至り、トルコ原発は建設費高騰のため中止せざるをえなくなった。英国についても総事業費がふくらみ、英国側に追加支援を要請することになったが、まず実現は無理とみられる。トルコ、英国の挫折によって原発輸出計画は全滅状態になった。世界的に再生可能エネルギーへと転換が進む状況下、時代遅れの事業の挫折は当然といえる。

奇策の消費増税対策と日産のゴーン追放事件

 以上2件の失態に加えて、これから問題になりそうな事案として、消費増税対策としてのポイント還元策と日産のゴーン追放事件があげられる。今回の消費増税では、はじめて食品など一部の商品に軽減税率が導入され、制度が複雑になる。それに加えて消費の落ち込みを回避すべく、様々な対策が盛り込まれる。そのなかで経産省は、キャッシュレス決済の促進という別の目的を紛れ込ませ、クレジットカードや電子マネーによる支払に5%のポイントを付ける奇策を提起した。ポイント還元の期間は2019年10月から2020年6月までの9ヵ月間に限定されており、2019年10月にそれまでの8%から5%に減税された後、2020年7月には5%から10%へと一気に増税される仕組みである。このような税率の激変はとうてい健全な税制とはいえない。それだけでなく、準備が間に合わずキャッシュレス化に対応できない零細商店、あるいは低所得層にとっては不利益以外のなにものでもない。

 日産のゴーン追放事件は、ゴーン独裁、ルノーへの従属を嫌った社内勢力のクーデターであり、社外取締役に経産省出身者が就任しているとはいえ、経産省の関与は薄い。基本的には日産のガバナンスの問題だが、それに東京地検特捜部が司法取引を通じて介入したこと、またルノーの筆頭株主がフランス政府であることから、政府間の事案に発展する可能性がある。

 おそらく経産省には、ゴーン逮捕の事前連絡はあっただろう。事件発覚直後に経産大臣が登場し、フランス政府との間でやりとりをしている。今後、金融商品取引法違反(役員報酬の有価証券報告書虚偽記載)、会社法違反(特別背任)の2件で裁判がはじまるとして、果たして有罪となるのか、専門家の評価は分かれている。仮に無罪となれば、経産省も相当の影響を受けざるをえない。

 2018年末、東京株式市場は大暴落に見舞われた。それに先立って生じた経産省の相次ぐ失態は、2019年の安倍政権の厳しい前途を予兆しているのではないだろうか。


20:22

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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