日誌


2016/05/31

POLITICAL ECONOMY 第47号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ヘリコプターマネーという妖怪 

         NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年

 「黒田日銀の次のサプライズはヘリコプターマネーの発動」との観測が、とくに海外投資家の間で高まっているという。こうした動きを受けて、日経新聞が6月16日から経済教室欄の『やさしい経済学』コーナーで若田部昌澄早大教授の「ヘリコプターマネーとは何か」(6月27日まで)の連載を掲載、朝日新聞が6月14日付経済面『波聞風聞』コーナーで「ヘリコプターマネー 極論も選択肢になる現実」(原真人編集委員)を取り上げるなど国内大手メディアでもウォッチに余念がない。

 日銀は6月15、16日開催の金融政策決定会合で追加緩和を見送り、金融政策の現状維持を決定した。国際金融市場の動向を大きく左右するイギリスのEU離脱を問う国民投票の結果とその影響を見極めたいとの意向が働いたため、とする解説がメディアなどで報じられているが、見送りの事情はそれだけではないようだ。日銀内部にも金融政策頼みの物価・景気目標達成への手詰まり感があるからだ。

 日銀が6月17日発表した1〜3月の資金循環統計(速報)によると、16年3月末時点の日銀の国債等保有残高は前年比32.7%増の364兆円。残高全体に占める保有割合は33.9%と過去最高となった。黒田サプライズ第一弾とされる異次元大規模緩和を始める直前の13年3月末は13%だったのだから、この3年間に2.6倍に膨らんだことになる。このままのペースで買い進めば18年中に50%に到達するとの試算もあるが、米連邦準備制度理事会(FRB)の米国債保有残高が16年3月末で2.4兆ドル(270兆円程度)、保有割合は12.8%ということを考えると、国債の半分が日銀保有ということがいかに異常な事態かがわかる。

手詰まりの日銀の窮余の策?!

  このため市場の国債需給は引き締まり、幅広い年限の国債で利回りが急低下するなど相場が変動しやすくなっており、日銀幹部からも「流動性が低下している」(中曽宏副総裁)と懸念する声が漏れ始めた。異次元緩和、ゼロ金利、追加緩和、マイナス金利付き緩和と黒田日銀が次々に繰り出してきた金融政策に対し、物価も株価も低迷したままでほとんど反応せず、市場関係者の間からは限界論がささやかれ、緩和政策による景気下支え効果を危ぶむ見方も出てきている。そこで登場したのが冒頭の「ヘリコプターマネー」。

 1969年に米経済学者のミルトン・フリードマンが国民に直接紙幣をばらまくという「ヘリコプターマネー」の考え方を披露、バーナンキFRB前議長が2000年に「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけば良い」と発言したことで知られるこの政策、当初は「思考実験」、「突飛な思いつき」と思われていた。政府が中央銀行の紙幣印刷の形で大規模な現金、交付金、商品券、プリペイドカードなどを国民に無料で配布するもので、仮に突然、収入が倍(1.5倍でもよいが、少額では預金に回ってしまい、効果はない)になれば人々はモノ、サービスの購入に走り、物価は急騰、時間の経過とともに貨幣の価値は半分に落ちる。国債は暴落し金利が上昇、預金の価値は半減する。デフレ不況の脱却に即効性はあるが、超インフレ、信用不安の増大から収拾のつかない経済混乱に至るリスクがある。

 それがなぜ今、浮上するのか。前述の通り、黒田日銀の金融政策頼みに手詰まり感が漂い始めたことに加え、円高の進行で景気の低迷、準デフレ状況が続いている。一方で日銀の国債大量購入・保有とマイナス金利政策導入によって国債価格の下落リスクが遠のき、安倍政権の財政政策への傾斜が強まっていることが挙げられる。日銀の黒田総裁は「2%物価目標」と心中する意気込みで、「やれることは何でもやる」姿勢をとり続けており、金融・財政をミックスした「ヘリコプターマネー」導入に抵抗感は薄いと見られていることも一因だ。しかし本当に日銀ヘリコプターは飛んでくるのだろうか。


08:24

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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