日誌


2016/05/15

POLITICAL ECONOMY 第46号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
参院選「アベノミクスの信を問う」とは
                     グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 6月22日公示、7月10日投開票で参院選がスタートした。与野党の公約もほぼ出そろい、安倍首相が「アベノミクスの信を問う」選挙だと言えば、民進党の岡田代表は安倍政権の経済政策「アベノミクス」を失敗だと断じる。参院選の争点は憲法改正の発議や安全保障関連法制、社会保障政策など多々あるなかで、安倍政権の表看板であるアベノミクスに焦点が当てられたことは、選挙民に白かクロかの誤魔化しのきかない具体的な選択肢を示したことで分り易くなり、これを高く評価したい。

 ただアベノミクスといっても、一方で異次元緩和、マイナス金利、成長戦略などのマクロ政策から、他方では富の偏りと格差問題、待機児童や奨学金などミクロの政策課題まで多岐にわたり、このうちどれに関心をもつかは、それぞれの有権者の生活環境と置かれた立ち位置によって十人十色だろう。では、今度の参院選で「アベノミクスの信を問う」とは、いったい何の「信」を問うのだろうか。それは、雇用への効果がどうであったかを問うということにつきる。

 安倍首相は公示に先立つ東北遊説で、正規雇用は昨年、8年ぶりに増加に転じ26万人増えており、「アベノミクスは順調に結果を出している」と雇用改善を強調、「(参院選の)争点は経済。エンジンをフル回転にしていく」と胸を張った。さらに全国の有効求人倍率は1倍を超え、ご当地青森も高校生の就職率が約97%を記録し、アベノミクスは失敗ではない」と力説する。ただ、「地方に行くと実感がないという声が多い。政策の不十分さは率直に認める」と述べつつ、「アベノミクスは道半ば。今の政策を力強く前に進めて経済を豊かにする」と訴えている。

 これに対して民進党は、公約「国民との約束」を発表、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を失敗と断じ、「富とチャンスが偏り、人々の能力の発揮や個人消費が阻まれている」として、教育や職業訓練など「人への投資」による長期的な成長を重視する。さらに「人々の能力の発揮や個人消費が阻まれている」とし、脱デフレ実現に向けアベノミクスの加速を掲げる自民党に対抗して、金融政策について「マイナス金利は撤回」を明記している。

問われるのは雇用の質

 この舌戦を通じて見えてくるものは、アベノミクスによる雇用への効果が両者の分岐点になっていることである。すなわち、自民党の考え方はアベノミクスによる雇用の量的拡大への効果を強調して、その取り組みを通じて雇用の質の向上をめざすのに対して、民進党は雇用拡大といっても非正規労働者の増加では勤労者所得の拡大には結び付かず、もはやアベノミクスは限界なので公正な分配と人への投資をめざすとしている。

  現代の経済社会政策の要諦は雇用の安定である。現代の主流派経済学の元となったケインズの著「雇用、利子、貨幣の一般理論」では、利子率(金利)と貨幣供給量(マネーサプライ)のツールを通じて雇用の安定という目的の達成が強調されている。孟子に「恒産なくして、恒心なし」という言葉があるが、働いて所得を得ることなくして、世の安定はないという意味である。現代の新自由主義経済理論は、金利操作とマネーサプライのツールだけをいじくり回して、本来の目的である「雇用の安定」を忘れ、「恒産」なしである。 

  雇用をつくる政府は頭が白くても黒くても、よいネコなのだが、アベノミクスはいったいどっちのネコなのだ、この「信」が問われているのだ。雇用の量的拡大で質か劣化したのでは「雇用の安定」にならない。だから、政府は「同一労働同一賃金」をやると言っている。

 これに民進党は「同一価値労働同一賃金の法律をつくり、合理的理由のない賃金・待遇の差別を禁止します。差をつけた場合は合理的理由があるかどうか、企業に立証責任を負わせます」と国民への約束をしている。ただ、「制度導入にあたり、非正規労働者の賃金・待遇に全体を合わせるようことがないよう」との一文を付していることと、「同一価値労働」と「価値」の2文字が入っている2点が政府案と異なる。前者は正社員の賃金を下げて同一賃金にするということで、こんなことはありえない話である。後者の「同一労働」と「同一価値労働」の違いなんて、現在の労働経済学ではカレーライスとライスカレーの違いみたいなもので、言葉の遊びにすぎない。

労使協議に非正規の参加を

 むしろ安倍内閣の「同一労働同一賃金」に注文を付けるのであれば、実際にそれを実現すのは法律やガイドラインではなく、労使協議の場であることに鑑みて、工場、オフィス、スーパー、ショップ、居酒屋やカフェなどの事業所の労使協議の場において、パートや契約社員、期間社員、派遣労働者の代表が参画して非正規側のポイスが届くようにすることである。労使協議の場に労働組合員以外の従事員代表を参加させる制度を集団的労使関係というが、これには経営側の抵抗は強い。なんとかその手掛かりでもつけることこそが、パートや契約社員、期間社員、派遣労働者のための「同一労働同一賃金」を実現する決め手になる。


17:49

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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