日誌


2016/05/15

POLITICAL ECONOMY 第45号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
パナマ文書の謎
                           横浜アクションリサーチ副代表 金子文夫
 

 4月3日、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)がパナマ文書を公開して以降、タックスヘイブン問題がにわかに注目を集めている。富裕層やグローバル企業が、低税率で秘密主義のタックスヘイブンを利用して「合法的脱税」を行っていることは、以前から広く知られていた。しかし、どのような人々、企業が、どのような手口でどれだけの租税逃れをしているか、その実態は明らかではなかった。今回のパナマ文書の公開は、闇の世界のごく一部とはいえ、隠されていた実態を暴露した点で画期的な意味をもつといえる。特に、インターネット上に各国の権力者とその周辺(キャメロン、プーチン、習近平などの関係者)の動きに焦点をあてて公開した手法は、世界的に衝撃を与えた。 ICIJは入手した文書をそのまま公開するのでなく、データベース化し、またストーリーを編集して情報を小出しにしている。それゆえ、今後も新たな事実が明らかにされていくと予想されるが、現時点で様々な疑問も提起されている。そうした疑問のうちの2点について考えてみたい。

だれが、どのように情報を持ち出したのか

 パナマ文書は、パナマの法律事務所モサック・フォンセカが1977年の開業以来、2015年末までに作成・蓄積してきたPDFファイル、電子メール、写真など、タックスヘイブン関係資料を集めたものである。全体で2.6テラバイト、文庫本2万6000冊という膨大な情報量である。

 ICIJに情報を提供した人物Xは、厳重に管理された文書を何のために、どのように入手したのか。情報を入手した「南ドイツ新聞」はXの動機について、所得の不平等、法律家の腐敗、不正義の大きさへの憤りなどを伝えている。Xは事務所の関係者の内部告発か、腕のよいハッカーのいずれかと考えられる。ICIJのメンバーである朝日新聞の奥山記者は、「過古最大の内部告発」、「『腐ったビジネスをやめさせたい』という匿名の人物」(朝日新聞、2016年4月21日)と記しており、内部告発のように読める。他方、モサック・フォンセカは不正なハッキングによるものとしてICIJに抗議している。

  文書公開までの経緯をたどると、Xは2015年はじめころ、ウィキリークスなどに情報提供を打診したが、話がまとまらず、その後「南ドイツ新聞」のオーバーマイヤー記者にコンタクトし、情報を提供した。オーバーマイヤー記者は2月に文書をICIJに持ち込み、各国の記者が連携をとって調査を開始、6月にはワシントンに50人ほどの各国ジャーナリストが集まって協議し、分担して解析を進め、2016年4月3日、5月10日と段階的に調査結果を公表した。

  ここで、なぜウィキリークスはこれだけの価値のある情報を受け入れなかったのか、Xは情報提供の対価を受け取ったのか、などの疑問が生じる。さらに、公開された情報は2015年末までとされている点からみると、Xが「南ドイツ新聞」に情報提供した後も、追加の情報を入手しており、モサック・フォンセカが公表まで流出の事実に気づいていなかったことがうかがわれる。この辺の経緯について、今後どこまで明らかになるのだろうか。

今後、どれだけの情報が公表されるのか

 おそらく、パナマ文書にかかわりのある富裕層、企業、金融機関などは、今後どこまで情報が公表されるのか、税務当局による査察の手が伸びてくるのか、戦々恐々だろう。

 これまでのところ、ICIJは政治家、公職者に焦点をあて、集中的に情報を編集・公表してきた。ジャーナリストの役割は、公職者の道義的・法的責任を追及することにあるとする考えからである。したがって、ウィキリークスのような生の資料の提供は控え、とりあえず合法的かもしれない個別的な個人情報、企業情報の公表には抑制的な態度をとっている。各国の税務当局の協力要請に対しては、公権力に情報提供はしない姿勢を維持している。

 その一方、ICIJは一般の人々に広く情報提供を求め、取材を続けていく意向を示している。それゆえ、明白かつ大規模な不正行為、公益に反する事態が明らかになった場合には、より立ち入った個人情報、企業情報が公表されるかもしれない。パナマ文書の衝撃効果は、今後かなり長い期間に渡って続いていくと思われる。


09:32

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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