日誌


2016/04/22

POLITICAL ECONOMY 第44号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
6年目のふくしま・浜通り 
 -福島県南相馬市からの報告 
                        
                              一般社団法人 えこえね南相馬研究機構理事 中山弘 

 6年目の3月11日がやってきた。震災後5年間の「集中復興期間」が終わり次ステージの「復興創生期間」に移行している。政府や世間一般は一段落したと考えているようだが、どこまで復興が進んだか、現場をしっかり見ればそうではないことが分かるだろう。 

 「浜通り」とは、福島県の東部太平洋側の13市町村を指すが、北端の新地町から南のいわき市までの海岸沿いと、海に接していない飯舘村、葛尾村、川内村も含まれる。特に福島第一原発に近いか放射線量の高い自治体は先が見えない状況にある。 

 その主な課題は、①原発から20km圏内の自治体に人が戻りどう再生するのか、②失われてしまった農林漁業、製造業、サービス業をどう復活し雇用の場をつくるか、③これまで賠償金に依るところも大きかった暮らしをどう自立に向けて立て直すかである。いずれも大きなテーマであり、これからが復興の正念場と考えるが、南相馬市の現状とこれからを以下に少し述べてみる。 

街づくり進む小高地区、鮮魚店も再開 

 南相馬市には避難指示解除準備区域/居住制限区域/帰還困難区域に指定されて人が居住できないエリアがあり、約11,700人が対象となっている。その多くは20km圏内にある小高区だが、昨年7月1日から準備宿泊制度ができて届け出をすれば自宅に泊まれるようになった。この届けを出している人は、今年1月時点で1,594人であるが、実際に宿泊しているのは1,000人前後と推察されている。全面的な避難解除は4月1日を予定していたが、除染作業の遅れと、未だに線量が高めな山側地域住民の強い反対もあって先延ばしになり、7月となる見込みである。 

 避難解除後に多くの人が住むためには、それに向けたインフラや生活環境を整えることが大切だが、小高区ではこのための取組みがいろいろ進んでいる。 

 買い物:昨年秋から小高駅近くに「エンガワ商店」がオープンし、日用品や食料品を扱っている。また移動販売もあるし、鮮魚店も6月に再開する。食事:寿司屋や中華料理店などが再開や開店準備をしている。 

医療:私立小高病院に加えて、民間の2医院も再開した。 

  コミュニティ:人々が集まれる場として、浮舟ふれあい広場、浮船の里、おだかぷらっとふぉーむ、などが既に機能している。さらに小高駅近くの復興拠点施設計画も進んでいて、住民の憩いや交流の場も増えていく。 

 働く場:再開する工場も増えているし、高齢者ケアの仕事、あるいは若者の働く場を開拓する動きもある。 

 南相馬市の20km圏内ではこのように様々な取組が進んでおり、原発近隣自治体の復興に向けた試金石になると考えるし、モデルケースになったら良いと願っている。 

菜の花油がブランドに 

 農業再生の兆しが見え始めている。震災以降、放射能汚染による風評被害や、農業者の減少により、営農していない田畑が目立ったが、今年はだいぶ様変わりしつつある。一つは菜の花栽培が増えたこと。南相馬では平成25年以降、菜の花プロジェクトを進めていて、景観作物として復興のシンボルにするとともに、菜の花油のブランド化に取り組んできた。春には菜の花祭りや菜の花迷路で人々を楽しませ、収穫した種を絞り「油菜ちゃん」という食用油を市販している。セシウムは水溶性で油に溶けないため搾油後は油に移行しないし、遺伝子組み換えや添加物もないので、安全な食用油のブランドを築きつつある。 

 当初は15haだった栽培面積は、今は40haになった。石鹸メー カーのラッシュジャパンから石鹸素材の原材料として油菜ちゃんを使いたいという申し出があり、今年3月からは石鹸「つながるオモイ」という商品が店頭にも並ぶようになった。 

 また、稲作も今年は作付する農家が増えて青々とした田園風景が戻ってきた。ハウス栽培のイチゴや施設園芸などの再開も進んでいる。さらに行政が支援する大規模トマト工場の稼働など農業再生の動きが加速している。 

 南相馬市は今のところ、求人倍率が2倍を越えているが、主な働き口は除染作業や復興事業であり、地元の求職者とのアンマッチがある。また、復興に関わる事業はいずれ無くなるわけだから、地に足の着いた安定的な働く場をいかにつくっていくかが問われており、行政、企業、市民、の協働がますます重要になってくる。それには地元だけでなく、南相馬市以外の消費者や企業の協力に期待するところも多いので、POLITICAL ECONOMYの読者の皆さまも心に留めておいていただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。 


16:54

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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