日誌


2016/06/11

POLITICAL ECONOMY 第48号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
オバマ米大統領の広島訪問

                                            労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 5月27日の夕方、大野瀬戸の上空に大統領専用ヘリ(マリンワン)と先導するオスプレイが飛来した。オバマ米大統領が岩国基地から広島市の平和記念公園へ移動していたのだ。注目されたオバマ米大統領の広島での演説は、原爆投下への謝罪のないことや、プラハでの演説「核なき世界をめざす」(2009年4月)に比べトーンダウンしたことへの落胆が聞かれる一方、核廃絶に向けての大きな一歩との声もあがった。オバマ米大統領の広島訪問で以下のような点に関心をもった。

変わらないもの

 アメリカの原爆投下について「変わらないもの」、それは「謝罪」をめぐる議論である。「謝罪」を求める声は被爆者からあがった。死者は広島で約14万人、長崎で約7万人(1945年末)、そのほとんどが民間人。被爆者の惨状は米軍の占領下、報道統制で伏せられた。被爆し生き延びた人々は、国からの支援もなく健康不安や、世間の無理解に苦しめられる。私の知り合いは子どもの結婚が決まった後に被爆者健康手帳の申請をした。

 一方、「謝罪」を拒否する声はアメリカから発せられた。この訪問が公表されるとアメリカの旧日本軍の捕虜経験者から「謝罪してもらいたくない」との声があがった(NHK NEWS WEB 2016年5月11日)。訪問後の28日、米大統領選で共和党候補の指名を確実にしたトランプ氏は「大統領は日本滞在中にパールハーバーの奇襲について議論したのか?」とツイッターに投稿した。また中国の王毅外相は5月27日、「注目に値するが、南京はもっと忘れるべきでない」とけん制した
(日本経済新聞電子版 2016年5月27日)。

 詩人・桑原貞子さんの、<ヒロシマ>といえば<パールハーバー> <ヒロシマ>といえば<南京虐殺> <ヒロシマ>といえば 女や子供を 檻のなかにとじこめ ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑 ……の詩、「ヒロシマというとき」が発表されたのは40年前、変わらないものがある。

変わってきているもの

 日米双方で「変わってきている」のは原爆投下の受け止め方である。日本では「許せない」、アメリカでは「正当」、とする意見で、「謝罪」を求める、あるいは拒否することにつながる。

 日本では「許せない」が減っている。NHKの2015年原爆意識調査(広島・長崎・全国)で「今でも許せない」と「やむを得なかった」は、全国では49%:40%、広島では43%:44%、長崎では46%:41%である。随分物分かりよい印象が拭えない。広島での80年調査では「今でも許せない」が67%を占めていたので、変化の大きさに驚かされる。そして今や広島、長崎では「今でも許せない」と「やむを得ない」の世代間の差はなくなっている(政木みき「原爆投下から70年 薄れる記憶、どう語り継ぐ」(「放送研究と調査」November2015)。朝日新聞社の2016年調査では、アメリカの広島や長崎への原爆投下は非人道的なことと考えている人は6割、うち「非人道的で許せない」は10人中3人にとどまっている(朝日新聞大阪本社版 2016年5月24日)。

 一方、アメリカでは原爆投下を「正当」と考える人が減り、世代間の違いが大きくなっている。原爆投下直後のアメリカのギャラップ社調査では、日本での原爆使用を「支持する」は85%と圧倒的だった。これが90年では53%まで下がり、95年の59%、2005年の57%と横ばいである。ピー・リサーチ・センターの2015年調査では「正当だった」が56%。この回答は18~29歳では半数を切っており、65歳以上の7割との差は大きい(朝日新聞大阪本社版 2016年5月24日)。同じような結果はユーガブの2015年調査でもみられる。日本に2つの原爆を投下したことについて、「正しい決定」は46%、「間違った決定」は29%、「わからない」は26%である。「正しい決定」は18~29歳と30~44歳では3割台にとどまり45~64歳や65歳以上の5~6割台とでは明らかに違う(YouGov July 18-20,2015)。

変わってほしいもの

 原爆投下についての受け止め方の変化は理解を深めるチャンスでもある。そのためには原爆投下の前後の歴史に、とりわけ日本は原爆投下前の日本軍国主義の行為に刮目し、原爆投下の8.6と8.9を次世代に伝える責務がある。核兵器保有国は被爆の惨状に謙虚に向き合い、原爆投下後の軍拡競争に巻き込まれた歩みにブレーキをかけてほしい。

 目指すべきは核廃絶である。原爆で長姉を亡くし自らも被爆した野球評論家・張本勲さんはオバマ米大統領の広島訪問について「資料館で感じた思いを核廃絶を進める運動につなげてほしい。強くそう思う。『もう1歩じゃ足りない。10歩でも20歩でも先に』と」訴えている(朝日新聞大阪本社版広島面、2016年6月2日)。被爆者の核廃絶の遅々たる歩みに“喝!”、との声が聞こえる。


15:42

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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