日誌


2016/06/28

POLITICAL ECONOMY 第49号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
EU混迷の最大の要因はドイツの頑迷・蒙昧な石頭

                               経済アナリスト 柏木 勉

 EUは英国の離脱や長期化する不況の下で深刻な状況にある。英国の離脱ショックでイタリアの銀行危機が進行、ギリシャ問題も何ら解決できず、ドイツを除くEU域内の成長は低迷。このような現状を招いたのは端的にいえばドイツの頑迷な石頭である。今回はドイツの石頭をとりあげるが、ギリシャ危機における第一次支援とその後の緊縮財政の押し付けについてだけ触れたい。

ギリシャ危機で独仏銀行は経営責任を国民負担に転嫁

 EUの近年の混迷はギリシャ危機の真相隠しから拡大した。独仏等の大銀行(以下、独仏銀行と記載)は、腐敗した特権的富裕層が支配するギリシャの国債を大量購入し大儲けした。ところがゴールドマン・サックスが深く関与したギリシャの財政赤字のごまかしが暴露され、独仏銀行保有のギリシャ国債は大きく下落し始めた。独仏銀行は巨額損失を被るという瀬戸際に立たされたのである。EU各国はギリシャ第一次支援に乗り出したが、ここで大きな問題のすりかえと真相の隠蔽が行われたのだ。そのメカニズムとは以下の通りだ。

①まず、欧州委員会(EU)、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の三者からなるトロイカがギリシャに融資をする。同時にECBがギリシャ国債購入に出動する。

②融資によって、ギリシャ政府は独仏銀行保有のギリシャ国債の償還を行う。またECBによる購入は独仏銀行への直接的支払いになる。

 これが独仏銀行の売り抜けだ。これで彼らの保有するギリシャ国債は激減し、反対にトロイカの保有するギリシャ国債は激増した。同時にギリシャ政府の債務も膨らんだ。

 つまり、独仏銀行は暴落しつつあった国債をトロイカという公的機関(国民の税金からなりたっている)に移しかえ、巨額損失を回避してEU各国の国民負担にすりかえたのだ。

 だが、この銀行救済自体は当時からすれば、やむをえなかったかもしれない。大銀行を救済しなければスペイン、イタリアをはじめEU全域にわたる第2のリーマンショックが懸念されたからだ。

 しかし、投資してはならない腐敗した特権層が支配するギリシャに対し、大規模投資を行って利益をあげ、それが公的資金の投入という大きな国民負担を引き起こしたのだ。

 だから、独仏銀行とその経営陣の責任を公的に追求し、責任をとらせるべきだった。ところが彼らの責任は全く問われることはなく、特にドイツにおいては「ギリシャは借りた金は返せ」という「国民と国民への対立」へと問題がすりかえられた。その上で腐敗特権層も一般国民もひとしなみに、ギリシャ国民に対し極端な緊縮策を強いてきた。その結果は明白だ。緊縮策によりギリシャのGDPは25%も落ち込み、政府債務の対GDP比は大幅に上昇、借金返済は不可能になっている。それでもドイツは緊縮策の失敗を認めようとしない。


「貯蓄が全て」の頑迷な石頭

 その後もドイツは非救済条項(財政赤字の拡大防止のため、EU加盟各国間の財政支援を禁止)を盾に、不況で苦しむ各国に緊縮策を押し付けてきた。だが、深刻な不況下での緊縮策は、借金返済の元手自体(GDP)を激減させる。返済しようにも出来なくなるのだ。

 緊縮策押しつけが可能であったのは、ドイツ経済が好調で模範のようにみなされてきたからだ。しかし、ドイツは消費不足、投資不足だ。それはドイツ人風に言えば「貯蓄が好きだから」ということになる。財政はもちろん黒字つまり貯蓄超過だ。貯蓄超過だから内需は当然落ち込んでいく。カバーするのが輸出と海外直接投資だが、輸出の好調はドイツにとってユーロが割安だったからである。なぜかといえば他国が不況で競争力が弱いので、ユーロ全体が弱くなりドイツにとって割安になったのだ。他方、対外直接投資と東欧諸国からの安い労働力はドイツ労働者への脅しになっている。このように企業利益だけが伸びるドイツ経済はEU域内諸国の成長に恩恵をもたらすことはない。従って、貯蓄偏愛で自国の内需を他国に開放せず、緊縮策を押し付けるドイツに対し、大きな反感が生まれている。

 ドイツの貯蓄偏愛はつき詰めれば財政政策、金融政策ともに不必要になる。財政出動は財政赤字につながる、金融政策もインフレにつながり貯蓄を台無しにする、だからダメというわけだ。これでは経済政策も経済学も不要だ。現に戦後のドイツからは世界的経済学者は一人も出ていない。このようなドイツが力を持つEUは問題解決能力を著しくそがれている。現在の大きな問題は、「最後の貸し手」という中央銀行(ECB)の最重要機能に対し、ドイツがことあるごとに反対してきたことだ。ギリシャ、スペイン、イタリア、ポルトガル等の問題は、ECBがこれらの国の国債を早期に購入すれば、もっと早く沈静化していただろう(ドイツはそれにことごとく反対した)。

 ドイツの頑迷な石頭をすげかえなければEUの未来はないだろう。


07:41

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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