日誌


2016/07/20

POLITICAL ECONOMY 第50号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
相模原市の障害者施設殺傷事件
ヘイトクライムにいたるプロセスの検証を

                    街角ウォッチャー 金田麗子

 相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件は、社会に大きな衝撃を与えた。
事件後様々な議論が行われている
1、優生思想とヘイトクライムに基づいた障がい者に対する差別意識
2、過酷な労働条件と暴力が蔓延しているブラックな職場としての障がい者施設
3、再発防止のための措置入院の見直しと精神障害者差別
4、障害者施設の安全確保体制など 
 
 ナチスを持ち出すまでもなく、日本では1996年まで、「優生上の見地から不良なる子の出生を防止する」ことを目的に「優生保護法」が現存していた。現在でも「出生前検診」で命の選別が行われている。日本の中に「優生思想」は脈々とあり、何よりも被害者が匿名で扱われていること自体が、過酷な差別の結果といえる。

 事件後私の勤務先である知的障害者グループホームの利用者の一人は3日間、居室に引きこもった。存在を否定されるメッセージが大量に流されていて、当事者は不安で怖いだろうと感じた。

施設職員のメンタル面のリスクと膨らむ差別意識

 一方ネットには、ブラック化した職場である障害者施設の現状と、職員から障害者へ、あるいは障害者から職員への暴力的言動の実態があふれている。

 私の職場でも、職員や他のメンバーに威嚇的行為、発言をしてしまう利用者はいる。ある職員は利用者に対するいら立ちとストレスで、パニック障害を発症し半年間休職した。

 厚生労働省が2014年に行った調査によると、障害者に対する虐待2266件のうち、職員が加害者の件数は263件455人だったとある。隠し撮りした、職員による暴力行為の映像が流された事件は記憶に新しいところだ。本件の加害者も虐待行為を行っていた。

 介護職場は、低賃金で労働条件が過酷なことから、離職率が高く慢性的人手不足の現場だ。介護労働者の中途採用率は84.7%と高く、適職かどうかではなく、雇用の受け皿として入職してくる実態がある。加害者自身も同様だった。

 特に重度の障害者の介護は、心身共にきつい仕事であるが、社会的評価は低く「怒り」「焦燥感」「落ち込み」などメンタル面のリスクが大きい。

 一方で介護対象に対しては、よほど自覚しないと、無力な存在として「優越感」や介護職の「万能感」を持ちやすく、差別意識が膨らむ。だからこそ他者の命と尊厳を扱うことについて、定期的なスーパーバイズが不可欠だが、実施状況はどうだろうか。

 施設職員の経験を経て、加害者が何故ヘイトクライムに向かったのか、こそが検証されなければならない。障害者施設や介護職の持つ課題として検討される必要がある。加害者は措置入院が解除されて以降、失業状態が続き、短期間生活保護を受給していた。奇矯な言動から家族、友人も去り、社会的な絆を失った「貧困」状態の若者だった。

 何故「貧困」状態の若者は、ヘイトクライムによる個人テロ、殺傷行為を実行したのか。ヘイト思想、スピーチをすることと、殺人を実行することには大きな飛躍がある。

 加害者は事件前に精神保健法に基づく措置入院をしていた。薬物の反応も出ている。そのため、政府、自民党関係者から、措置入院とその後の対応を見直す動きがある。ずっと隔離しておけ、退院後もGPSをつけて見張ってろという主張は、加害者が言うところの障害者抹殺論とかわりはない。精神障害者への差別偏見が助長されるだけだ。

 加害者の責任能力問題を慎重に検証するのは当然だろう。これほどの被害者を出して、死刑にしなければ国民感情が許さないというなら、彼の思うツボだ。

 施設の安全確保を口実に、障害者を不便な山中の大きな塀の中に閉じ込めるような検討をしてはならない。ますます障害者を隠された存在に追いやるだけで、差別の温床になるだけだ。

 様々な人々が、街中に混在して生きる社会でありたいものだ。


07:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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