日誌


2016/08/15

POLITICAL ECONOMY 第51号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
脱「異次元緩和」なるか
                  
                                                                    経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
 
 日本銀行は9月20日と21日に開く金融政策決定会合で、3年半経っても効果が出ない「異次元緩和」について総括的な検証を行う。2%の物価上昇率は、このところマイナスが続いており、「デフレに戻った」という見方も出ているほどだ。これまでの強気一辺倒では事態を切り開くことができなくなったということなのだろう。

 見直しの焦点は3つある。ひとつは量的金融緩和を緩めるという方向性を打ち出すかどうかである。昨年、IMFの研究員が論文の中でこのまま国債を買い続けると17年には行き詰まるという見方を示したが、国内でも元日銀副総裁の岩田一政氏(日本経済研究センター理事長)が同様の見方を示している(産経新聞7月7日付け)。

 今年に入って始めたマイナス金利(マイナス0.1%)も、金融機関の経営を圧迫していることもあり、さらなる深掘り(マイナス幅を拡大)は厳しい。また、7月末に購入額を倍増したETFは、ニッセイ基礎研究所のレポートによれば、日銀の推定保有割合が1年後に20%を超える企業が出るという。「企業経営への弊害も想定される」との指摘すら出ている。どの政策も行き詰まりを見せているのだ。

 しかし、こうした行き詰まりがあるからと言って容易に方向転換できないのも事実だ。「量的緩和で2%物価上昇率達成」というのは、13年1月の政府と日銀の協定で決められたものだ。何よりも黒田氏は安倍首相の肝いりで日銀総裁に就任した経緯がある。官邸の意向を無視して何か決められるわけではない。そもそも方向転換は自らの政策の誤りを認めることであり、責任問題に発展しかねない。それだけは避けたいところだ。

 ふたつめは、「異次元緩和」で打ち出した2%の物価上昇率を「2年で達成」としていたが、達成時期明記を外すかどうかである。これまでに3回先送りして現在は「17年度中に達成」となっている。これを「なるべく早期に」とか「遠くない時期に」など時期を明記せず、中長期の課題とすることが考えられる。政府と日銀の協定には2年という表現はない。したがってこの点は日銀だけで決められるのだ。しかも、達成時期撤回は「異次元緩和」の方向転換を打ち出さなくても行うことができる。

玉虫色の決定で市場にメッセージか

 三つ目は、年間80兆円というマネタリーベース増額のために行っている80兆円の国債購入措置の見直しである。これを70兆円というように明確に減らすことになればテーパリング、出口戦略の一環と認識される。2%達成どころかマイナスに陥った物価情勢の現状での縮小なので、当然「異次元緩和」は失敗だったということになる。

 しかし、いつまでも80兆円もの国債購入を続けることも厳しい。そこで考えられるのが「70兆円から90兆円の幅で」というような玉虫色の案である。現行の80兆円にも「約」という冠がついている。この「約」を具体的に明記しただけで、表向きは量的緩和の姿勢には変わりないと言うことができる。13年4月の決定ではマネタリーベース増額は60~70兆円、国債購入は50兆円であった。これを14年10月の追加緩和で、どちらも80兆円に引き上げたという経緯がある。

 国債購入額を70~90兆円という決定に対して市場はどう反応するだろうか?おそらく量的緩和縮小と見て、円高に振れ株安に向かうだろう。しかし、明確な方向転換に比べれば衝撃度は少なくてすむ。

先送りは致命的

 日銀にとって追い風になるかもしれないのは、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ決定だ。FOMC(米連邦公開市場委員会)は日銀の金融政策決定会合と同じ21-22日に開催される。日本との時差が13時間あるので、FRBの決定の方が遅くなるが、米連銀が利上げに踏み切れば円安になる可能性が高い。イエレン議長は利上げを臭わせているものの、就業者数の伸びが予想以下だったこともあり実施は微妙だ。今回は見送り12月になるかもしれない。

 このあたりも判断材料になるのだろうが、大局的に見ると安倍政権は7月の参院選で圧勝、しばらく国政選挙はない。政治的な環境としてはこれ以上のものはないだろう。であれば多少のリアクションを覚悟すれば方向転換は十分可能なはずだ。この時期を逃すと日銀はさらに追い込まれることになるだろう。


11:20

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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