日誌


2016/08/27

POLITICAL ECONOMY 第77号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
-福島県南相馬市からの報告-
避難解除後の福島浜通り
                      
                           一般社団法人 えこえね南相馬研究機構理事 中山 弘

  7月12日、福島県南相馬市南部の小高区などに出ていた原発事故による避難指示が解除となった。午前0時、どこかに人が集まってカウントダウンするわけでもなく、住民の多くは静かにそれぞれの場所で解除の夜を噛みしめていた。昨年から準備宿泊が始まっていたので、解除になったからといって目に見えて何かが変わるわけでもない。すぐに人が戻ってきて町が賑わいを取り戻すわけでもない。これからに対する期待と不安が入り混じった複雑な気持ちのようだった。

 解除は、福島県楢葉町や葛尾村などについで6例目だが、対象人数は3487世帯、1万807人とこれまでで最大の規模である。当初は4月に解除する計画だったが7月にずれこんだ。海側の線量が低い地域や小高駅周辺で店を再開したり、人々が集まる場づくりをしてきた住民たちは早期解除を望んだが、山側の線量の高い地域の住民や除染の遅れに対する不安から解除に反対する声もあり、意見の調整に時間がかかった。

 7月末に開催された地域の伝統行事である相馬野馬追では、6年ぶりに小高火祭りが復活した。野馬追を終えて凱旋する騎馬武者に対して2000個の火の玉を農道にかかげて迎え入れる。この地域で最大規模となる4000発の花火も打ち上げられ夜空を照らしたが、これを見た人たちは、やっとここまで来たという感慨と同時に復興に向けた想いを新たにする人が多かったことだろう。

避難解除はしたものの

 9月15日現在、小高区の居住者数は826人となっていて、対象人数の8%弱にとどまる。戻ってきた住民のほとんどが子育てを終えた50~60代以上である。若い人たちは避難先で新たな仕事に就いたり、子ども達も学校や友達に慣れたりで、戻りにくい事情がある。また高齢者の中にも、5年以上暮らしてきた仮設住宅の生活や人とのつながりに馴染み、向こう三軒両隣りが居ない自宅に戻ることに不安がる人もいる。

 一方、国や東電は住民への賠償や生活支援を段階的に打ち切る方針であり、避難指示区域の住民に月額10万円払ってきた精神的損害への賠償は18年3月で終わる。免除されていた固定資産税、国民保険料や介護保険料も次第に自己負担に切り替えられていく。仮設住宅の住民の多くは農業も営んできた高齢者で賠償金がなくなればわずかな年金しか現金収入がなくなる。これまでは自給自足で補ってきた暮らしが成り立たなくなる人が出てくる。自分たちが起こしたものではない原発事故にもかかわらず、将来への不安は尽きない。

 もちろん、帰還を望む住民も居るので、本来なら線量の高い「居住制限区域」とそうではない「避難指示解除準備地域」とを分けて解除を段階的に進めるべきで、これを望む住民も多かったのだが、そうはしなかった。

 東電によると、これまでの原発事故に伴う避難者などへの賠償総額は6兆2000億円を超えたそうだが、政府は「帰還困難区域」を除き、できるだけ早く避難指示を解除する方針である。経済を最優先させ、人の暮らしは二の次という政治姿勢がここでも顕著に表れている。

地域再生に向けた取組み

 解除に伴い再開した事業所も多い。小高駅前の双葉屋旅館もその一つである。全15室の旅館だが、若女将はこれまでも町の賑わいを取り戻すために、アンテナショップを開いたり、小高駅や駅前通りの歩道に花を植えたり、いろいろな取組みをしてきた。他にも、鮮魚店、すし屋、飲食店、理髪店など、次々と営業を始めている。暮らしに必要なお店の再開を望む住民と、帰還者が少ないと経営が成り立たない事業者とは「鶏と卵」の関係だが、先への期待を込めながらの取組みが進んでいる。

 新たな生業をつくりだしたいとチャレンジする人たちもいて、今年6月に小高駅近くにアクセサリー工房ができた。女性に魅力のある職場をつくることで若い人を呼び寄せたいという想いで立ち上げた。これを起業した地元の若者は、「小高は人口がゼロからスタートするフロンティア。地域の悩みが100あれば、そこから100の仕事が生まれる。」と前向きに取り組んでいる。このような若い人たちの活動にも期待したい。

 来春には「小高商業高校」と「小高工業高校」の2つの高校が統合されて「小高産業技術高」として新たなスタートを切る。これと同時に、小高の小中学校も再開される予定で、今は南相馬市北部の鹿島区の仮設校舎で学んでいる子どもたちが、小高に戻ってくる。子どもたちの笑顔が増えれば、まちも元気になると楽しみにしている人も多い。

 また、小高に戻る人を待っているだけではなく、小高を「住みたいと思える魅力ある町」にして、外から来る人を増やす方法もあると思う。南相馬市には震災以降にボランティアをしたり医療などの支援に来たりして、この土地の他所の人を温かく受け入れる風土や環境に惹かれて住み着いた人も多い。相馬中村藩は江戸時代の大飢饉を契機に約1万人もの移民を導入してきた歴史もある。復興予算を、住みたいと思う人が増えるように、また住めるような施策にふんだんに使うことを考えたら良いと思う。それには、インフラ整備や企業誘致だけでなく、個人の草の根の取組みにも政治が目を向け、心配りすることが大切だと考える。 




19:14

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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