日誌


2016/09/25

POLITICAL ECONOMY 第78号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
政府の働き方改革「9項目」に民進党はリアルな対案を

                                     グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 9月26日に召集された臨時国会で、所信表明演説に臨んだ安倍首相が、長期政権への意欲をにじませた政策のキーワードとして掲げたのは『未来への投資』である。とりわけアベノミクスの加速と一億総活躍のための労働制度改革を強調し、新たな成長をめざす大きな鍵は「働き方改革」であると述べた。翌27日、首相官邸で開催した「働き方改革実現会議」の初会合に出席した安倍首相は、榊原経団連会長、神津連合会長の労使の代表や女性アイドルグループ「おニャン子クラブ」の元メンバーでタレンドの生稲晃子さんなど有識者議員を前に挨拶、9項目にわたる検討課題を提起して今年度中に具体策を盛り込んだ実行計画を仕上げるよう「スピード感をもって国会に関連法案を提出する」よう要請した。

 安倍首相が働き方改革の検討課題として述べた9項目とは、次の通りである。

安倍首相の「働き方改革」の9項目提案
①同一労働同一賃金による非正規雇用の処遇改善
②賃金引き上げと労働生産性の向上
③36協定の見直しなど労働時間に上限規制
④転職・再就職支援、格差を固定化させない教育
⑤テレワーク、副業・兼業等の柔軟な働き方
⑥女性・若者が活躍しやすい環境整備
⑦高齢者の就業促進
⑧病気の治療、そして子育て・介護と仕事の両立
⑨外国人材の受入れの問題
首相官邸HP第1回働き方改革実現会議配布資料「安倍総理挨拶」

 これらの政策課題は、昨年の規制改革会議の「規制改革に関する第3次答申」(2015年6月)と「同第4次答申」(2016年5月)に基づき「日本再興戦略」(15・16年)に盛り込まれていたもので、それを今回の「働き方改革実現会議」で9項目に絞り込んで実行に向けて討議しようというわけである。

 この9項目のうち、すべてをいっぺんにも片付けるわけにいかないので、安倍官邸が来年の通常国会に法改正を含めて狙いを定めているのは、筆者の推察だと①の「同一労働同一賃金」と③の「労働時間に上限規制」であると考える。この2つは、いずれも労働基準法の改正が絡む課題である。

 ①の「同一労働同一賃金」については、別途内閣府と厚生労働省共管の検討会で先行議論を鋭意進めている。一方、③の「労働時間に上限規制」は、既に2015年4月に安倍内閣が労働時間ではなく成果に賃金を払う「脱時間給」(ホワイトカラー・エクゼンプション)の労基法改正法案を国会に提出したが、今も店晒しになったままで、ここにまた「長時間労働の上限規制」を強化する法案を出すことに対して、与党内からも制度の整合性を問う声が出ており、さらに政府はどっちを向いているのかと野党から追及されかねない。

具体的「対案」を考える

 だが、民進党の蓮舫・野田新体制が「選択される政党として、『提案』をもって国民の声に応えたい」とするなら、こんな揚げ足取りではなくて「脱時間給」と「労働時間の上限規制」に対する整合性のある具体的な『提案』をしてもらいたい。そんな手品みたいなことができるのか。

 妙案がある。手品の種は、③「労働時間の上限規制」に隠されているインターバル時間である。インターバル時間とは残業を含めた終業(退社)時間から次の日の始業(出勤)時間までの間隔のことで、EUでは統一労働指令で加盟国に11時間の「休息時間」を義務付けている。ただし、EUでは休息時間対象者のオプトアウト(適用除外)条項がある。このオプトアウト(適用除外)対象の現場の労使協議に委ね、この適用除外者を「脱時間給」の対象者にするのである。

 こうすれば、いま提出されている政府改正案の「年収1000万円以上」という根拠薄弱な金目の基準よりははるかにましである。いやしくも労使協議の協定というリアルな場で労働組合のチェックを経て、会社・組合そして何よりも本人同意を前提した修正提案すれば、対象者は限定され公正が担保されよう。但し、日本でも情報労連や電機連合の傘下で、「インターバル時間」制度が先行導入されているが、10時間とか9時間とかがあったりして、これでは国際労働運動の舞台に出て恥ずかしい思いをするので、「インターバル時間」ではなくてEU並みの11時間の「休息時間」にすることを徹底するよう、労使共に努力することを強く要望したい。


11:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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