日誌


2016/09/26

POLITICAL ECONOMY 第79号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ボリビア同行記『開かれた教会・愛の実践の危機』
                                                            東海大学経営学部教授 小野 豊和

  今年8月、ローマ法皇フランシスコが生まれた南米を訪ねた。ボリビアで36年目を迎えるサレジオ修道会の日本人宣教師倉橋輝信神父(79)の活動を支援するためだ。

  フランシスコ教皇は「開かれた教会」の必要性を強く訴えている。「私が願っているのは、開かれていて、理解を示す教会、傷ついている家庭に寄り添う教会」「神父は教会の建物に籠る特権階級ではない。街に出て人々に寄り添いなさい」と言い続けている。

 発展が進むサンタクルス市は日本とほぼ同じ広さで、中心部に200万人、山間部に100万人が住み、その80%以上がカトリック信者だ。市内には100 を超える教会があるが、都市化の波に乗って流入してくる労働者たちを受け入れる体制が整っていない。開門時間が掲示され、時間外は鉄の扉を閉めている。

 子供の洗礼は両親の結婚証明が必要で、そうでない親の子は洗礼を受けられない。また洗礼準備の勉強会は午後7時半から始まるが、貧しい人々は夜働いている。幼児の洗礼式は1か月に1回だけ。国外から親を訪ねてきた子や孫が、家族に囲まれて洗礼を受けることを望んでも、教会の年間予定表に合わせると、限られた滞在期間での洗礼式は不可能になる。結婚式に関しては、3カ月前から結婚講座を受けないと教会での結婚式が許可されない。仕事の都合や、遠隔地に住居がある人への配慮はなく講座の日程が決められている。

 離婚歴のある信者の宗教上の結婚式は教会が許可しないので、人々は民法上の結婚式での指輪の祝別を望むが神父は来ない。葬式は葬儀場で行うが、急な報せに応える神父は少ない。教会の“律法”を厳守するあまり、教会から排除されて“迷える仔羊”となった人々が大勢いる。特に経済的に貧しい人々など社会的弱者は、教会の年間スケジュールに合わせて生きることは難しい。

市民に寄り添う神父

 サンタクルス滞在の10日間、倉橋神父のすべての行動に同行し、まさにローマ法皇が求めている「開かれた教会」を実践する司牧者を見た。1日に3つの結婚式を司式。教会の建物内で宗教上の結婚式ができない離婚歴のあるカップルのために、披露宴会場で婚約式、指輪の祝別式を行い、他に葬式を2件こなした。親や祖父を訪ねて一時帰国した子や孫の結婚式や洗礼式も行った。また親のない子供を助け、結核患者を救い、児童養護施設や学校などの運営資金を自力で集めて支援している。寛容な心で“超法規的”に司牧を行い、人々に寄り添う倉橋神父は市民から「パードレ・ホアン(ヨハネ・ボスコ倉橋)」と声が掛かる。警察官も、先住民も、日系移民も、市長も親しげに話し掛けてくる。

 しかし、既存の体制を守りたい現地の神父たちは、イエスが身をもって示した「迷える人々の救済」を忘れたかのように、自分たちを“特権階級”と勘違いし、個人の安泰に慣れ、汗を流すことを避け、教会の建物に籠り、規則と規律を優先させている。人々を救済しようとしない“イエスの代理者”たちは、ローマ法皇の「開かれた教会」の教えも“馬耳東風”なのだろうか。イエスの時代、ファリザイ派の人たちがユダヤ教の戒律を第一とし、イエスを排除した。これと同じ危惧をボリビアの現場で肌に感じた。しかしこのような“逆風の現場”でも、司祭叙階50周年を迎えた倉橋神父は、毎日駆けずり回り市民に寄り添い、共に生きている。

 異常と思える聖なる組織の話だが、企業社会、大学においても同じ傾向がみられるのではないか。


10:03

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告