日誌


2016/09/27

POLITICAL ECONOMY 第80号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
進展するタックスヘイブンへの取り組み
              横浜アクションリサーチ副代表 金子文夫

 4月の「パナマ文書」暴露以来半年が経過し、一時期盛り上がったタックスヘイブン問題への世間の関心は低下したように見える。しかし、税務当局、また市民運動グループの取り組みは着実に進んでいる。

 OECD租税委員会は、租税回避を防止する「BEPS(税源浸食と利益移転)」プロジェクトを推進し、2015年10月に15項目の行動計画を盛り込んだ報告書をまとめ、これは11月のG20サミットで了承された。それを受けて、日本政府として必要な法制度の整備に着手している。10月25日、国税庁は、「国際戦略トータルプラン―国際課税の取組の現状と今後の方向―」を発表した。背景には、富裕層やグローバル企業による国境を超えた租税回避行動の大規模化という事情がある。2015年度(2015年7月~2016年6月)の富裕層に対する実地調査件数は4377件で申告漏れ所得金額は516億円に達した。このうち海外投資関係は3分の1程度だが、その割合は年々増加している。また、海外取引等に関係する法人税調査では、実地調査件数は1万3千件、申告漏れ所得金額は2300億円を超えた。

 こうした事態を前にして、「トータルプラン」は3本柱の取組案を提起している。第一は、情報リソースの充実であり、5000万円超の国外財産を有する者、所得2000万円超かつ有価証券1億円以上を有する者など富裕層に対する財産調書提出の義務化、税務当局間の情報交換制度、金融口座情報の自動的交換、さらには多国籍企業情報の報告制度など、ここ数年で整備されてきた情報収集制度の強化があげられている。第二は、調査マンパワーの充実であり、国際税務に精通する専門官の増員、富裕層担当プロジェクトチームの設置など、第三はグローバルネットワークの強化であり、国際的に連携した税務活動の促進が指摘されている。

注目される多国籍企業情報の報告制度

 このような取組のなかで最も注目されるのは、多国籍企業情報の報告制度である。これは、年間収入金額1000億円以上の多国籍企業グループに対して、親会社・子会社の所在国ごとに、総収入・所得・税額・資本金・従業員数・有形資産額等の企業情報を報告させる(国別報告書)など、税務当局による企業実態把握が可能になる画期的な制度である。

 「トータルプラン」が発表されたちょうどその時期、タックスヘイブン問題に先駆的に取り組んできた国際NGOタックス・ジャスティス・ネットワーク代表のジョン・クリステンセン氏とシニア・アドバイザーのクリシェン・メータ氏が来日した。来日にあたっては、公正な税制を求める市民連絡会、グローバル連帯税フォーラム、国際公務労連東京事務所などが連携して受け入れ態勢をつくり、1週間ほどの滞在期間のなかで、市民向け講演会、国会議員向け勉強会、マスコミの取材、財務省当局との面談など、盛りだくさんなスケジュール
が組まれた。

 タックス・ジャスティス・ネットワークは2003年に設立され、世界6大陸の80カ国以上に広がっている専門家、研究者の組織であり、その情報収集・分析能力の高さには定評がある。クリステンセン氏はOECDのアドバイザーであり、BEPS行動計画の作成に関係し、また「パナマ文書」の公表にもかかわっている。

 講演会では、タックスヘイブンの問題点は脱税と不正の温床であることをわかりやすく指摘したうえで、日本社会に対して4つの具体的方針を提起した。
  1.多国籍企業による国別報告書の完全な開示(情報を税務当局内にとどめない)
  2.企業の実質的所有者の完全な開示
  3.開発途上国の税務行政能力の向上を目的としたODAの活用
  4.国連の租税委員会の政治的地位の向上(OECDやG20は世界を代表していない)

BEPS行動計画にはここまで踏み込んだ取り組みは含まれていない。それがBEPSの限界ではあるが、その点をふまえたうえで、まずはBEPSプロジェクトの着実な実施に向けて、市民、議会、マスコミが関心をもち、必要な情報を開示させていくことが求められているだろう。


10:19

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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