進展するタックスヘイブンへの取り組み
横浜アクションリサーチ副代表 金子文夫
4月の「パナマ文書」暴露以来半年が経過し、一時期盛り上がったタックスヘイブン問題への世間の関心は低下したように見える。しかし、税務当局、また市民運動グループの取り組みは着実に進んでいる。
OECD租税委員会は、租税回避を防止する「BEPS(税源浸食と利益移転)」プロジェクトを推進し、2015年10月に15項目の行動計画を盛り込んだ報告書をまとめ、これは11月のG20サミットで了承された。それを受けて、日本政府として必要な法制度の整備に着手している。10月25日、国税庁は、「国際戦略トータルプラン―国際課税の取組の現状と今後の方向―」を発表した。背景には、富裕層やグローバル企業による国境を超えた租税回避行動の大規模化という事情がある。2015年度(2015年7月~2016年6月)の富裕層に対する実地調査件数は4377件で申告漏れ所得金額は516億円に達した。このうち海外投資関係は3分の1程度だが、その割合は年々増加している。また、海外取引等に関係する法人税調査では、実地調査件数は1万3千件、申告漏れ所得金額は2300億円を超えた。
こうした事態を前にして、「トータルプラン」は3本柱の取組案を提起している。第一は、情報リソースの充実であり、5000万円超の国外財産を有する者、所得2000万円超かつ有価証券1億円以上を有する者など富裕層に対する財産調書提出の義務化、税務当局間の情報交換制度、金融口座情報の自動的交換、さらには多国籍企業情報の報告制度など、ここ数年で整備されてきた情報収集制度の強化があげられている。第二は、調査マンパワーの充実であり、国際税務に精通する専門官の増員、富裕層担当プロジェクトチームの設置など、第三はグローバルネットワークの強化であり、国際的に連携した税務活動の促進が指摘されている。
注目される多国籍企業情報の報告制度
このような取組のなかで最も注目されるのは、多国籍企業情報の報告制度である。これは、年間収入金額1000億円以上の多国籍企業グループに対して、親会社・子会社の所在国ごとに、総収入・所得・税額・資本金・従業員数・有形資産額等の企業情報を報告させる(国別報告書)など、税務当局による企業実態把握が可能になる画期的な制度である。
「トータルプラン」が発表されたちょうどその時期、タックスヘイブン問題に先駆的に取り組んできた国際NGOタックス・ジャスティス・ネットワーク代表のジョン・クリステンセン氏とシニア・アドバイザーのクリシェン・メータ氏が来日した。来日にあたっては、公正な税制を求める市民連絡会、グローバル連帯税フォーラム、国際公務労連東京事務所などが連携して受け入れ態勢をつくり、1週間ほどの滞在期間のなかで、市民向け講演会、国会議員向け勉強会、マスコミの取材、財務省当局との面談など、盛りだくさんなスケジュール
が組まれた。
タックス・ジャスティス・ネットワークは2003年に設立され、世界6大陸の80カ国以上に広がっている専門家、研究者の組織であり、その情報収集・分析能力の高さには定評がある。クリステンセン氏はOECDのアドバイザーであり、BEPS行動計画の作成に関係し、また「パナマ文書」の公表にもかかわっている。
講演会では、タックスヘイブンの問題点は脱税と不正の温床であることをわかりやすく指摘したうえで、日本社会に対して4つの具体的方針を提起した。
1.多国籍企業による国別報告書の完全な開示(情報を税務当局内にとどめない)
2.企業の実質的所有者の完全な開示
3.開発途上国の税務行政能力の向上を目的としたODAの活用
4.国連の租税委員会の政治的地位の向上(OECDやG20は世界を代表していない)
BEPS行動計画にはここまで踏み込んだ取り組みは含まれていない。それがBEPSの限界ではあるが、その点をふまえたうえで、まずはBEPSプロジェクトの着実な実施に向けて、市民、議会、マスコミが関心をもち、必要な情報を開示させていくことが求められているだろう。