日誌


2016/10/22

POLITICAL ECONOMY 第81号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
堅パンと労研饅頭

                                               労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 誰しも、人づてに聞いた話で、いつか自分も口にしたいと思いを募らせる(た)食べものがあるのではなかろうか。私にとっては堅パンと労研饅頭が、優先度の高い候補だった。最近、その願いが叶った。今回は二つのお菓子の話である。

八幡製鉄所ゆかりの「堅パン」

 堅パン(正式にはくろがね堅パン)という八幡製鉄所ゆかりのお菓子があり、地元のスーパーなどで手に入ると聞いていた。私はそのうち食べてみたいと思いながら口にするチャンスがなかったが、今年1月、JR小倉駅の新幹線乗り場の土産物店で発見した。レジに進むと言われた。「堅いですから紅茶や牛乳などに浸して食べるといいですよ」と。見た目は普通のビスケット、机の上で倒すと高い音がした。名前の通り確かに堅かった。前歯では噛みきれない、奥歯で砕き柔らかくなるにつれ甘さが口に拡がった。

 堅パンの包装にその由来が記されている。「大正時代に官営八幡製鉄所が従業員のための食品として独特の製法により開発したもの」と。独特の手法とは「小麦粉、砂糖などを水と混ぜて発酵させ、高温で焼き上げる」ことで、堅いのは「日持ちする保存食用に焼くため」という(鉄の街・北九州の人間模様(下)朝日新聞デジタルSELECT)。高熱重筋、交替勤務で働く労働者の栄養補給食品として生まれ、製鉄所の購買会で販売された。堅さは昔のままという。

 現在は株式会社スピナ(北九州市八幡区)の看板商品として、子どものアゴの発育・歯ガタメ、災害に備えての非常食・保存食、登山・ハイキングのお供など、として売られている。

 もうひとつ製鉄労働者の疲れ回復のためにつくられたのが「くろがね羊羹」(重さ160グラム、長さ13センチメートル)でポケットに入る。これは甘くて、柔らかい。「くろがね堅パン」と「くろがね羊羹」は、ともに平成20年、「『食』の認定ブランド」(北九州商工会議所)に選定され、八幡製鉄所の関連施設が平成27年に世界遺産に認定されてからは、土産品としても売り出し中である。

労働者の栄養食「労研饅頭」

 労研饅頭(まんとう)、私は四国松山でこの10月に味わった。小麦粉をこねた生地を酵母で発酵させ、蒸し上げたもので、なんともやさしい独特の風味を感じた。

 労研と饅頭のつながり、これには訳がある。それは、倉敷労働科学研究所(現在の公益財団法人大原記念労働科学研究所)が、労働者の栄養状態を改善しようと、中国東北地方の饅頭(まんとう)をヒントにしながら日本人に合うように改良し、主食代用品として開発したものだからである。研究所のホームページには「昭和4年5月『労研饅頭』出来、試食会を催す」とある。

 この労研饅頭と松山とのつながり、そこには物語がある。学資に苦しむ夜学生を支援するため労研から酵母菌を譲り受けた松山夜学生奨学会が昭和6年10月に製造販売したことである。この取り組みの責任者が退役軍人で敬虔なクリスチャンで数学教師の竹内成一氏で、昭和10年からは氏の個人経営で製造販売することとなった(現在の株式会社たけうち)。

 当時、一食分4個で5銭(一個は60グラムで約180キロカロリー)。労研饅頭4個分のカロリーはご飯普通盛りで3杯くらいにもなる。このころ「まんじゅう」(昭和11年、一個56グラム)や木村屋の「アンパン」(昭和13年)一個分の値段は5銭とある。労研饅頭がかなり安かったことがわかる(週刊朝日編の「値段の明治大正昭和風俗史」と「続・値段の明治大正昭和風俗史」より。朝日新聞社)、当時の「松山たけうち」の包装にある「消化・栄養・経済・第一」は適切である。今なら保存料を使わない自然食品であることから「安全・安心」も加えたいところである。

 このころ、労研饅頭は全国37店で作られていた。しかし、戦災などでの酵母菌が消失、現代まで継続しているのは株式会社たけうち(松山市勝山町)のみとなった。経営に当たっているのは3代目で「今でも工程は全て従業員の手作り」、「材料の配合を変えず昔ながらの味を守り続け」ている(愛媛新聞 平成28年1月19日)。松山の本店と大街道の支店などの他、インターネットでも購入できる。

 これらのお菓子、地域に根ざしているが郷土発ではない 堅パンは企業で定着し労研饅頭は研究所発の、ともに労働者向けの滋養食に由来している。産業の現場で働く労働者のお腹を支えた、労研饅頭は松山で夜学生の勉学を支援する「使命」も果たした、「優れもの」である。それが現代まで関係者の努力により作り続けられ地元の人を中心に親しまれている。巡り会ったら是非、手にとって欲しい。


15:31

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告