日誌


2016/11/12

POLITICAL ECONOMY 第82号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
定まらない「トランプノミクス」評価
                    NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年

 米国の次期大統領となるトランプ氏の経済政策「トランプノミクス」の是非が経済論壇の焦点になっている。トランプ氏自身が選挙中に公約したことと、選挙後に語っていることに相当な変化があり、政策を判定する難しさはあるものの、どこに評価のポイントがあるのか探って見るのも興味深い。そこで、選挙前と選挙後の代表的な論考を紹介、どの辺りが評価を左右するポイントになるのかを考えた。

 まず選挙前の評論から。ウォール・ストリートジャーナル(WSJ)が、大統領選中盤の6月、「トランプ氏の経済政策、景気縮小と大量失業招く恐れ」と題してムーディーズ・アナリティックスのリポートを紹介、トランプ候補の当選を牽制した。同リポートは税制、貿易、移民、政府支出に関するトランプ氏の提案が、米経済にもたらす累計的な利益と損失を初めて数値化しようとしたもので、「同氏の政策を全て採用した場合、1期目の4年間で国内総生産(GDP)は急減し、350万人が失業するとの推計をはじき出した」という。

 短期的に悪影響が大きいものとして貿易政策と移民政策を挙げ、「雇用市場のスラック(余剰資源)がもはや以前ほど大きくないことを考えると、トランプ氏の政策は労働力や財の価格を大幅に押し上げかねず、これは経済に深刻な弊害をもたらす大規模な供給ショックだ」とし、貿易面では「メキシコと中国に対する輸入関税の引き上げで財の輸入価格は15%上昇し、消費者物価全体が3%押し上げられる可能性がある。実際にはさらに、米輸出企業への報復措置に伴うコストも発生する」と分析。「FRBは本来想定していたよりも速いペースでの利上げを余儀なくされ、早急な利上げが足かせとなる中で米経済は2018年にリセッション入りする」と結論付けている。

 次いで選挙後の論評。11月21日、ロイターネット版に掲載された「トランプ相場はまだ序章、大減税の衝撃」と題する竹中正治龍谷大教授の論考で、「私を含むエコノミストが選挙前まで想定していたことをかなり修正するインパクトが生じる。変化の方向はインフレ率アップ、金利高、ドル高、短期・中期の景気の上振れである」と断言している。

 同教授は選挙直後の10日に開催された全米のエコノミスト会合に出席、そこで目を引いたのは「トランプ減税の規模を推計した報告だった」という。減税案は法人税減税(税率を35%から15%に引き下げ)、個人所得税の減税(現行の7段階の累進税率を12%、25%、33%に引き下げ、最高税率は現行の39.6%から33%に引き下げ)、キャピタルゲイン並びに配当に対する減税延長(現行の0%、15%、20%の税率を維持)、相続税の撤廃などからなり、減税規模は10年間で4兆~5.5兆ドル。「この減税案の年間規模はGDPの2.8%にも及ぶ。平時において実施される減税規模としては空前のものとなるだろう」。

 同教授の推計では「仮にGDPの2.8%に及ぶ減税の3分の1が消費や設備投資の支出増に充てられ、他の条件は変わらないとすると、それだけでGDPの約0.9%分の内需となってGDPを押し上げ、成長率は3%を超える」という。大統領選結果発表直後の東京市場のドル安円買い・株安が一晩でドル買い円安・株高に変転したのは、投資家が「大減税実施のインパクトを考えて相場観を修正」したためと見る。

減税の評価で分かれる

 論評の前者は通商面の保護主義と移民規制(労働力の供給減)が米国経済にスタグフレーションを招き入れ、長期的なリセッションに追いやるという見方だ。一方、後者は大減税とインフラ投資の促進が米国景気を押し上げ、短期・中期の景気の拡大を予想する。両者ともインフレ率アップ、金利高、ドル高予想で足並みを揃えるが、減税を巡って評価が分かれるようだ。WSJリポートでは「政府支出や減税を実現するためには、連邦予算で1兆ドルの財政赤字が発生しないよう他の歳出を大幅に削減しなければならない」と分析しており、トランプ予算が実行に移される2017年10月以降の効果には懐疑的。

 欧米市場のドル高、株高は、後者のシナリオに市場参加者が傾いた結果だが、市場が反転する「トランプ・ショック」の再燃が遠のいたわけではない。投資家たちはトランプ氏の一挙手一投足を材料に投機に明け暮れるだろうが、トランプノミクスの世界経済への影響が見極められない限り、エコノミストたちの漂流が続
くように思われる。


09:14

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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