TPP報道で迷走する大手紙
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
TPP(環太平洋経済連携協定)交渉の経過を伝える大手メディアの紙面で、読者を置き去りにしたままの奇妙な報道合戦が11か月余にわたって続いている。
一例を挙げると、5月20日付読売新聞のシンガポールTPP交渉閣僚会合の記事は「19日に開幕した閣僚会合は12カ国の全体会合に加え、日米協議の実質合意を受けた2国間の関税協議が相次ぎ行われた」とあり、1面トップ記事で「4月に実質合意した日米協議では安い豚肉の関税を大幅に引き下げることになった。1kg当たり最大482円の関税は15年程度かけて段階的に50円にする」とある。
ところが、同日付日経新聞によると、「閣僚会合に先立ち甘利氏(TPP担当相)はフロマン代表(米通商代表)と会談し、事務レベル協議を再開させる方針を確認。これを受けて大江交渉官代理とカトラー次席代表が農産品の輸入関税などを巡って話し合った。4月下旬にオバマ米大統領が来日した際の日米閣僚協議では農産品の関税や自動車の安全基準などを集中的に議論し、一定の進展はあったものの、合意には至っていない」としている。
TPP参加12カ国のGDPを比較すると、その9割近くを日米2か国が占める。その日米間の最大の焦点は「農業分野」と指摘されているだけに、「実質合意した」のか「合意に至っていない」のかは、交渉の行方を左右する核心的テーマ。それが何故、大手メディアで180度異なる報道となるのか。しかも1カ月以上、事実認識の違いが修正されず、大手メディアごとに異なる「事実」が報じ続けられる事態は前代未聞の出来事だ。
「実質合意」と「合意見送り」-180度違う報道
ことの始まりは、4月20日付読売1面トップ記事に溯る。オバマ米大統領来日を前に、「牛肉関税『9%以上』TPP交渉で日米歩み寄り」との特報記事(スクープ)を掲載。首脳会談後の4月25日付夕刊で読売は「日米TPP実質合意」と報道。これに対し、朝日、毎日、日経各紙は「日米合意見送り」「合意至らず」「合意先送り」と見方が割れた(TBSは農産品5項目と自動車で基本合意と報道)。この間、交渉を担当する内閣審議官が記者会見で「進展はあったが、合意に至ってい
ない」との公式見解を表明、甘利明TPP担当相の取材について内閣府が読売を「出入り禁止」にするおまけまでついた。
ご案内の通り、この5月20日までのTPP閣僚会合では「各分野の交渉を急ぐことにしたが、合意の新しい目標時期を示すことができず、交渉が長引く懸念は消えていない」(朝日5月21日)結果に終り、合意は7月の首席交渉官会合以降に先送りされた。「12カ国の大筋合意には日米の大筋合意が必須要件」(甘利担当相)とするならば、読売は「日米実質合意」にも関わらず、なぜ先送りが続くのかという疑問に応える必要がある。一方で、「合意至らず」を報道し続ける他メディアは「両国の隔たりは大きい」(朝日)「妥協点を探った」(日経)などという抽象的な内容や交渉担当者の中身のない発言を羅列する埋め合わせ記事でお茶を濁す報道姿勢を卒業すべきだ。
こうしたメディアの「迷走」を巡り、ネット上で「米国リーク説」や「官邸リーク説」、政府の「観測気球説」が取り沙汰され、「具体的な数字を他のマスコミはなぜ報道しないのか?」「TBSや読売は誤報だったのか?」との疑義が噴出した。しかしことの本質はそんなところにあるのだろうか?
日本政府がTPP参加を決めた2年前から「参加国の守秘義務契約」が問題視され、秘密交渉の弊害が国会等でも論議された。その弊害が「報道の迷走」として表面化したに過ぎない。この守秘義務は交渉妥結後4年間にも及ぶという。メディアは特報主義にこだわるのではなく、交渉の枠組み自体に目を向けるべきだ。