日誌


2014/04/16

POLITICAL ECONOMY 第17号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
TPP報道で迷走する大手紙
          
                          NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年



 TPP(環太平洋経済連携協定)交渉の経過を伝える大手メディアの紙面で、読者を置き去りにしたままの奇妙な報道合戦が11か月余にわたって続いている。

 一例を挙げると、5月20日付読売新聞のシンガポールTPP交渉閣僚会合の記事は「19日に開幕した閣僚会合は12カ国の全体会合に加え、日米協議の実質合意を受けた2国間の関税協議が相次ぎ行われた」とあり、1面トップ記事で「4月に実質合意した日米協議では安い豚肉の関税を大幅に引き下げることになった。1kg当たり最大482円の関税は15年程度かけて段階的に50円にする」とある。

 ところが、同日付日経新聞によると、「閣僚会合に先立ち甘利氏(TPP担当相)はフロマン代表(米通商代表)と会談し、事務レベル協議を再開させる方針を確認。これを受けて大江交渉官代理とカトラー次席代表が農産品の輸入関税などを巡って話し合った。4月下旬にオバマ米大統領が来日した際の日米閣僚協議では農産品の関税や自動車の安全基準などを集中的に議論し、一定の進展はあったものの、合意には至っていない」としている。

 TPP参加12カ国のGDPを比較すると、その9割近くを日米2か国が占める。その日米間の最大の焦点は「農業分野」と指摘されているだけに、「実質合意した」のか「合意に至っていない」のかは、交渉の行方を左右する核心的テーマ。それが何故、大手メディアで180度異なる報道となるのか。しかも1カ月以上、事実認識の違いが修正されず、大手メディアごとに異なる「事実」が報じ続けられる事態は前代未聞の出来事だ。

「実質合意」と「合意見送り」-180度違う報道

  ことの始まりは、4月20日付読売1面トップ記事に溯る。オバマ米大統領来日を前に、「牛肉関税『9%以上』TPP交渉で日米歩み寄り」との特報記事(スクープ)を掲載。首脳会談後の4月25日付夕刊で読売は「日米TPP実質合意」と報道。これに対し、朝日、毎日、日経各紙は「日米合意見送り」「合意至らず」「合意先送り」と見方が割れた(TBSは農産品5項目と自動車で基本合意と報道)。この間、交渉を担当する内閣審議官が記者会見で「進展はあったが、合意に至ってい
ない」との公式見解を表明、甘利明TPP担当相の取材について内閣府が読売を「出入り禁止」にするおまけまでついた。

 ご案内の通り、この5月20日までのTPP閣僚会合では「各分野の交渉を急ぐことにしたが、合意の新しい目標時期を示すことができず、交渉が長引く懸念は消えていない」(朝日5月21日)結果に終り、合意は7月の首席交渉官会合以降に先送りされた。「12カ国の大筋合意には日米の大筋合意が必須要件」(甘利担当相)とするならば、読売は「日米実質合意」にも関わらず、なぜ先送りが続くのかという疑問に応える必要がある。一方で、「合意至らず」を報道し続ける他メディアは「両国の隔たりは大きい」(朝日)「妥協点を探った」(日経)などという抽象的な内容や交渉担当者の中身のない発言を羅列する埋め合わせ記事でお茶を濁す報道姿勢を卒業すべきだ。

 こうしたメディアの「迷走」を巡り、ネット上で「米国リーク説」や「官邸リーク説」、政府の「観測気球説」が取り沙汰され、「具体的な数字を他のマスコミはなぜ報道しないのか?」「TBSや読売は誤報だったのか?」との疑義が噴出した。しかしことの本質はそんなところにあるのだろうか?

 日本政府がTPP参加を決めた2年前から「参加国の守秘義務契約」が問題視され、秘密交渉の弊害が国会等でも論議された。その弊害が「報道の迷走」として表面化したに過ぎない。この守秘義務は交渉妥結後4年間にも及ぶという。メディアは特報主義にこだわるのではなく、交渉の枠組み自体に目を向けるべきだ。


12:20

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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