パナマ文書の謎
横浜アクションリサーチ副代表 金子文夫
4月3日、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)がパナマ文書を公開して以降、タックスヘイブン問題がにわかに注目を集めている。富裕層やグローバル企業が、低税率で秘密主義のタックスヘイブンを利用して「合法的脱税」を行っていることは、以前から広く知られていた。しかし、どのような人々、企業が、どのような手口でどれだけの租税逃れをしているか、その実態は明らかではなかった。今回のパナマ文書の公開は、闇の世界のごく一部とはいえ、隠されていた実態を暴露した点で画期的な意味をもつといえる。特に、インターネット上に各国の権力者とその周辺(キャメロン、プーチン、習近平などの関係者)の動きに焦点をあてて公開した手法は、世界的に衝撃を与えた。 ICIJは入手した文書をそのまま公開するのでなく、データベース化し、またストーリーを編集して情報を小出しにしている。それゆえ、今後も新たな事実が明らかにされていくと予想されるが、現時点で様々な疑問も提起されている。そうした疑問のうちの2点について考えてみたい。
だれが、どのように情報を持ち出したのか
パナマ文書は、パナマの法律事務所モサック・フォンセカが1977年の開業以来、2015年末までに作成・蓄積してきたPDFファイル、電子メール、写真など、タックスヘイブン関係資料を集めたものである。全体で2.6テラバイト、文庫本2万6000冊という膨大な情報量である。
ICIJに情報を提供した人物Xは、厳重に管理された文書を何のために、どのように入手したのか。情報を入手した「南ドイツ新聞」はXの動機について、所得の不平等、法律家の腐敗、不正義の大きさへの憤りなどを伝えている。Xは事務所の関係者の内部告発か、腕のよいハッカーのいずれかと考えられる。ICIJのメンバーである朝日新聞の奥山記者は、「過古最大の内部告発」、「『腐ったビジネスをやめさせたい』という匿名の人物」(朝日新聞、2016年4月21日)と記しており、内部告発のように読める。他方、モサック・フォンセカは不正なハッキングによるものとしてICIJに抗議している。
文書公開までの経緯をたどると、Xは2015年はじめころ、ウィキリークスなどに情報提供を打診したが、話がまとまらず、その後「南ドイツ新聞」のオーバーマイヤー記者にコンタクトし、情報を提供した。オーバーマイヤー記者は2月に文書をICIJに持ち込み、各国の記者が連携をとって調査を開始、6月にはワシントンに50人ほどの各国ジャーナリストが集まって協議し、分担して解析を進め、2016年4月3日、5月10日と段階的に調査結果を公表した。
ここで、なぜウィキリークスはこれだけの価値のある情報を受け入れなかったのか、Xは情報提供の対価を受け取ったのか、などの疑問が生じる。さらに、公開された情報は2015年末までとされている点からみると、Xが「南ドイツ新聞」に情報提供した後も、追加の情報を入手しており、モサック・フォンセカが公表まで流出の事実に気づいていなかったことがうかがわれる。この辺の経緯について、今後どこまで明らかになるのだろうか。
今後、どれだけの情報が公表されるのか
おそらく、パナマ文書にかかわりのある富裕層、企業、金融機関などは、今後どこまで情報が公表されるのか、税務当局による査察の手が伸びてくるのか、戦々恐々だろう。
これまでのところ、ICIJは政治家、公職者に焦点をあて、集中的に情報を編集・公表してきた。ジャーナリストの役割は、公職者の道義的・法的責任を追及することにあるとする考えからである。したがって、ウィキリークスのような生の資料の提供は控え、とりあえず合法的かもしれない個別的な個人情報、企業情報の公表には抑制的な態度をとっている。各国の税務当局の協力要請に対しては、公権力に情報提供はしない姿勢を維持している。
その一方、ICIJは一般の人々に広く情報提供を求め、取材を続けていく意向を示している。それゆえ、明白かつ大規模な不正行為、公益に反する事態が明らかになった場合には、より立ち入った個人情報、企業情報が公表されるかもしれない。パナマ文書の衝撃効果は、今後かなり長い期間に渡って続いていくと思われる。