ヘリコプターマネーという妖怪
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
「黒田日銀の次のサプライズはヘリコプターマネーの発動」との観測が、とくに海外投資家の間で高まっているという。こうした動きを受けて、日経新聞が6月16日から経済教室欄の『やさしい経済学』コーナーで若田部昌澄早大教授の「ヘリコプターマネーとは何か」(6月27日まで)の連載を掲載、朝日新聞が6月14日付経済面『波聞風聞』コーナーで「ヘリコプターマネー 極論も選択肢になる現実」(原真人編集委員)を取り上げるなど国内大手メディアでもウォッチに余念がない。
日銀は6月15、16日開催の金融政策決定会合で追加緩和を見送り、金融政策の現状維持を決定した。国際金融市場の動向を大きく左右するイギリスのEU離脱を問う国民投票の結果とその影響を見極めたいとの意向が働いたため、とする解説がメディアなどで報じられているが、見送りの事情はそれだけではないようだ。日銀内部にも金融政策頼みの物価・景気目標達成への手詰まり感があるからだ。
日銀が6月17日発表した1〜3月の資金循環統計(速報)によると、16年3月末時点の日銀の国債等保有残高は前年比32.7%増の364兆円。残高全体に占める保有割合は33.9%と過去最高となった。黒田サプライズ第一弾とされる異次元大規模緩和を始める直前の13年3月末は13%だったのだから、この3年間に2.6倍に膨らんだことになる。このままのペースで買い進めば18年中に50%に到達するとの試算もあるが、米連邦準備制度理事会(FRB)の米国債保有残高が16年3月末で2.4兆ドル(270兆円程度)、保有割合は12.8%ということを考えると、国債の半分が日銀保有ということがいかに異常な事態かがわかる。
手詰まりの日銀の窮余の策?!
このため市場の国債需給は引き締まり、幅広い年限の国債で利回りが急低下するなど相場が変動しやすくなっており、日銀幹部からも「流動性が低下している」(中曽宏副総裁)と懸念する声が漏れ始めた。異次元緩和、ゼロ金利、追加緩和、マイナス金利付き緩和と黒田日銀が次々に繰り出してきた金融政策に対し、物価も株価も低迷したままでほとんど反応せず、市場関係者の間からは限界論がささやかれ、緩和政策による景気下支え効果を危ぶむ見方も出てきている。そこで登場したのが冒頭の「ヘリコプターマネー」。
1969年に米経済学者のミルトン・フリードマンが国民に直接紙幣をばらまくという「ヘリコプターマネー」の考え方を披露、バーナンキFRB前議長が2000年に「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけば良い」と発言したことで知られるこの政策、当初は「思考実験」、「突飛な思いつき」と思われていた。政府が中央銀行の紙幣印刷の形で大規模な現金、交付金、商品券、プリペイドカードなどを国民に無料で配布するもので、仮に突然、収入が倍(1.5倍でもよいが、少額では預金に回ってしまい、効果はない)になれば人々はモノ、サービスの購入に走り、物価は急騰、時間の経過とともに貨幣の価値は半分に落ちる。国債は暴落し金利が上昇、預金の価値は半減する。デフレ不況の脱却に即効性はあるが、超インフレ、信用不安の増大から収拾のつかない経済混乱に至るリスクがある。
それがなぜ今、浮上するのか。前述の通り、黒田日銀の金融政策頼みに手詰まり感が漂い始めたことに加え、円高の進行で景気の低迷、準デフレ状況が続いている。一方で日銀の国債大量購入・保有とマイナス金利政策導入によって国債価格の下落リスクが遠のき、安倍政権の財政政策への傾斜が強まっていることが挙げられる。日銀の黒田総裁は「2%物価目標」と心中する意気込みで、「やれることは何でもやる」姿勢をとり続けており、金融・財政をミックスした「ヘリコプターマネー」導入に抵抗感は薄いと見られていることも一因だ。しかし本当に日銀ヘリコプターは飛んでくるのだろうか。