日誌


2021/06/27

POLITICAL ECONOMY第194号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ETF買いを止めた日銀

                                                       経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 日本銀行によるETF(上場投資信託)の購入姿勢が大きく変わってきた。5月に続き7月も購入はゼロとなった。4月と6月はそれぞれ1回(701億円)のみ。大量購入はしないという方向性は鮮明になっている(図参照)。しかし、株式は償還期限がないのでずっと持ち続けなければならない。保有額は3月末で35.9兆円(時価で51.5兆円)まで増えた。日銀は出口戦略についてまったく語らないが、模索しているように見える。

 日銀の方針転換は3月の金融政策決定会合で明確になった。「年間約6兆円」とするETFの原則的な買い入れ方針」を削除したのだ。しかし、「約12兆円の年間増加ペースの上限を継続」という表現は残した。「必要に応じて買入れを行う」というスタンスは維持したのだ。また、買い入れ対象から日経平均連動型ETFを外し、TOPIX(東証株価指数)連動型ETFにした。

  具体的にはETF購入基準を厳しくしていると見られる。3月までは午前中にTOPIXの下落率が0.5%を超えると午後に買い入れを実施してきたが、4月からは2%に変更したと見られる。日経平均が3万円なら600円下落が目安ということになる。この基準で4月と6月に1回ずつ買い入れたと見られる

 また、16年から毎営業日に12億円ずつ購入してきた「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業の株式を対象とするETF」も購入をストップしている。

10兆円を超える含み益

 日銀がETF買い入れ方針を変更した理由は何か?ひとつは日経平均が3万円近くまで上昇したことで、株価を下支えする必要性が薄れたことである。二つ目は日銀のETF保有残高が35.9兆円まで膨らんだためである。ついにGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を上回り国内最大となったと見られる。しかも、昨年3、4月の株価暴落時に3兆円近くの大量買い入れを行ったことで含み益を10兆円を超える水準まで膨らませた。三つ目は、有力企業を含め日銀が最大株主となるケースが続出、企業のガバナンスや市場の歪みに対する懸念が高まったことで
ある。

 日銀がETFの大量購入を始めたのは2013年4月。いわゆる「異次元緩和」の一環で実施された。当時の年間購入目標額は1兆円。それが14年10月の追加緩和で3兆円、16年7月には6兆円と増やし、20年3月には年間限度額を12兆円としたのである。

 購入目標額を増やしたのは、株価押し上げ効果を高めるためである。刺激を強めないと効果は出ない。まさにモルヒネと同じで、常習化すると刺激を強めるために量を増やすことになるのだ。3月の金融政策決定会合で「年間限度額12兆円」を6兆円とか3兆円に引き下げても良さそうなものだが、そうしなかったのは、もし株価が暴落して下支えしようとすれば、相当思い切った金額のETFを購入せざるを得ないからである。

 ところで日銀によるETF購入の法的根拠はどこにあるのだろうか。ETFの買入れは、日本銀行法第43条の特例措置規定で、財務大臣及び内閣総理大臣の認可が必要な特別な政策とされている。

第43条 日本銀行は、この法律の規定により日本銀行の業務とされた業務以外の業務を行ってはならない。ただし、この法律に規定する日本銀行の目的達成上必要がある場合において、財務大臣及び内閣総理大臣の認可を受けたときは、この限りでない。

世で言う「禁じ手」なのである。実は日銀によるETF購入は、黒田東彦氏の前任である白川方明氏が総裁の時に始められた。2010年12月から年間で4500億円を買い入れ限度額していた。

 今年1月25日に公表された2010年7-12月の金融政策決定会合議事録によると、当時の白川総裁は「臨時、異例の措置」であることを強調している。慎重派の白川氏が道を開き、積極派の黒田氏が恒常化したのである。

出口策をめぐる議論活発化
 
 日銀によるETF購入も転機を迎えた。日銀は出口に向けて動き始めた!と言いたいところだが、日銀の黒田総裁は3月19日の記者会見で「ETFの買入れを減らそうとか、あるいは出口とか、そういうことを考えているわけでは全くありません」と全面的に否定している。しかし、4月以降の日銀の姿勢を見れば黒田総裁の発言は建前に過ぎないことは明白だろう。

 こうした日銀の姿勢の変化もあってか、エコノミストの間で出口をめぐる論議が活発化してきた。日銀OBの櫛田誠希氏(現日本証券金融社長)は、一定期間の売却制限をかけた上で、割引価格で個人に売るという「個人譲渡案」を提案している(「証券アナリストジャーナル」(20年11月号))。同氏は、日銀時代に企画局長としてETF購入の導入に関わっていたこともあって、すぐに日経新聞が「導入関与のOBが出口策」と報じ波紋を広げた。もっとも「個人譲渡案」はニッセイ基礎研究所上級研究員井出真吾氏がかなり前から提言していたもので、内容自体は決して目新しいものではない。

 東京海上アセットマネジメント執行役員の平山賢一氏は、近著「日銀ETF問題」(中央経済社)の中で、資産運用の専門部隊による「長期成長基金」を日銀に作り、配当などを成長戦略の原資にするという案を提案している。BNPパリバ証券チーフエコノミストの河野龍太郎氏は、同書の書評(「東洋経済」5月22日号)の中で、平山氏が提案する基金を日銀から切り離し「政府がソブリン・ウエルス・ファンドを作り、国債発行を原資に日銀から買い上げ、独立した機関が運用するのも一案だろう」と述べている。

 日銀はいつどのような形の出口策を打ち出すのだろうか。


10:12

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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