日誌


2021/06/13

POLITICAL ECONOMY第193号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
全国最賃運動の夏の陣
菅内閣の早期に「1000円最賃」を超えて

                     グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 中央最低賃金審議会は、2021年度の最低賃金を28円引き上げ、時給930円を目安とすることを決めた。28円の引き上げ額は過去最大で、上げ幅は3.1%だった。この目安を基に都道府県ごとの審議を経て、10月には新たな最低賃金が適用される。

 これまで安倍内閣が16年の全国加重平均を初の800円に乗せてから4年で、19年に900円台に乗せてきた。これを引き継いだ菅内閣は、今年の最賃審議会の冒頭で、三原厚労副大臣が「より早期に全国平均1000円を実現する」と公言したが、我が国の最低賃金を取り巻く環境は、そんな口先だけでは動かない。

低さ際立つ日本の最賃

 第一に、日本の最低賃金は、主要先進国の中では水準の低さが際立っていることである。内閣府によると、21年の最低賃金はフランスと英国が1302円、ドイツが1206円、米国は州平均で1060円だ。また、引き上げ率も鈍い。日本は、コロナ禍で20年は0.1%の微増にとどまったが、欧州ではコロナ禍だからこそと英国は20年4月に6.2%、21年4月に2.2%引き上げ、ドイツも20年1月に1.7%、21年1月に1.6%上げた。またアジアでも、20年には日本の最低賃金が、額で韓国に抜かれている。

 仮に、菅内閣が方針通り「より早期に全国平均1000円」に到達させたとしても、イギリス、ドイツにはまだ200~300円の差が残る。今度の最賃審議の最終場面の採決に当たって、経営側の委員2人が反対を主張、これまでの労使双方が全員同意するのが慣例を破って、最後は公益側が政府の意向を斟酌して押し切った。最低賃金は、企業経営やマクロ経済への影響が大きく、上げればいいというものではなく、政労使合意を維持するためには、この辺りの経営側の意向への配慮があってもよかっただろう。

三大都市圏の時給は上がっている

 第二に、最賃引き上げと労働市場の関連の問題である。日本経済新聞は、最賃引き上げを報じた15日付の紙面で「事務系バイト時給最高 三大都市圏の時給1176円」の記事を報じた。パート・アルバイト市場では、「事務系」職種の時給の上昇基調が強まっており、リクルートの調査によると三大都市圏(首都圏、東海、関西)の6月のアルバイト・パートの募集時平均時給は事務系が1176円と前年同月より47円(4.2%)高く、過去最高を2カ月連続で更新しているという。

 事務系時給をけん引しているのが「コールセンタースタッフ」で、前年同月に比へて45円高い1384円と過去最高を更新している。コールセンタースタッフは故障受付やトラブル対応を含めた苦情処理を担うこともあって、顧客対応のスキルが要求され、リモート勤務で外出を控える中で?コマースの盛況が高時給の一因となって、それが一般事務の単価へも波及したのだ。

 「一般事務」は、派遣やパート・アルバイト市場の代表的な職種で、その時給単価は企業内に於ける最低賃金ランクに当たる高卒・専門学校卒の初任給との連動性が高い。電機連合は21春闘要求で産業別最低賃金(18歳見合い)166,000円について2000円増額、これを時給換算すると1050円、これは事務系の派遣・バイトが波及して動いたのである。

 夏の最低賃金審議会の闘いは、かかる労働組合の現場の取り組みと労働市場のリアルな市場単価の動きを反映したもので、三原副大臣に言われなくても、時給1000円は近いのではないか。

 第三に、東京・神奈川の「1000円最賃」を先頭に、大阪、愛知がこれに続き、さらに埼玉、千葉、京都、兵庫が複数年かけて100円アップに取り組めば、「1000円最賃」が現実的な視野に入る。

 いま一つ、労働組合の運動が果たす役割として重要なのが、労使協定を結べばその地域(都道府県)で設定できる仕組みとして活用できる「特定(産業別)最低賃金」の取り組みである。この運動は、電機労連や自動車総連が積極的に取り組み、地域別最賃の上に時給100円とか150円を上乗せする時給を実現している。

 筆者は、製造請負の賃金労働条件の適正化事業の委員をしているが、それらの産業の現場を入って話を聞くと、製造請負の労働者の時給相場は、最低賃金は低すぎて問題外で、「電機労連や自動車の産別最賃にさらに20~30円どう積むかが、優秀な労働者を採用できるかの決め手だ」と言う。AI・5G・DXの世界競争時代に勝機をつかむには、これしかない。


07:42

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告