日誌


2022/07/13

POLITICAL ECONOMY第218号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
注目される岸田首相のセントラルバンカー指名
         NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
                            
  参院選も終わり、来年4月8日で任期が切れる日銀総裁(セントラルバンカー)人事を巡る報道がメディア世界で熱を帯びてきた。白川方明前総裁は任期切れ2か月前に辞任を表明、その理由として「新副総裁の任期と私の任期満了には3週間弱のズレがある。新たな体制で金融政策を議論するには(総裁、副総裁)同時スタートが最も自然」と説明しているので、雨宮正佳、若田部昌澄両副総裁の任期が切れる23年3月19日をデッドラインに、その数か月前に岸田首相の人選が行われると思われる。

 人選のポイントは2期10年に及ぶ長期間、トップを務めた黒田東彦総裁の金融政策を実質的な任命権者の岸田首相がどう総括するかだ。2%の物価安定目標の実現、大規模な国債買い入れやマイナス金利、イールドカーブコントロール政策など黒田総裁の下で進められた異例の金融緩和を継続するのか、転換するのかに集約される。

 しかし日銀総裁人事は金融政策を巡る選択の象徴であると同時に、財政や物価対策など政治的要素も絡む政治的人事でもある。自民党内では安倍晋三元首相の提唱してきた金融緩和・積極財政を旗印とする「責任ある積極財政を推進する議員連盟」と国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)黒字化を掲げる「財政健全化推進本部」の対立が伝えられ、来年度予算政府案を巡る綱引きが継続中。

人事で自分の色を出す岸田首相

 次期日銀総裁人事に影響力を持つとされる安倍元首相が6月中旬、自民党の「積極財政議連」の会合に出席、「次の総裁もしっかりとしたマクロ経済路線でやってほしい」などと発言、アベノミクスの継続を堅持するよう牽制したと受け止められた。「安倍元首相の国葬」決定は岸田首相が安倍派に配慮した結果と伝えられるが、安倍元首相の死去で岸田政権がどこまで安倍カラーに付き合うかは不透明。

 「『政策より人事で自分の色を出すタイプ』―官僚の間で聞く岸田首相の評価だ」(日経7/13)との指摘がある。政府は6月17日の閣議で防衛省の島田和久次官の退任と後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官を充てる人事を決めた。島田前次官は第2次安倍政権で首相秘書官を約6年半も務め、次官就任後も「防衛費のGDP比2%」の旗振り役や国の外交・防衛政策の基本方針となる「国家安全保障戦略(NSS)」、「防衛計画の大綱」など戦略3文書の改定も主導してきた人物。

 島田氏の年末までの続投は既定路線とみられており、安倍元首相の実弟である岸防衛相も、3文書や重要政策の継続性を理由に島田氏の留任を5月ごろから官邸に打診。安倍元首相は岸田首相を議員会館の自室に呼びつけ、島田氏の退任人事を再考するよう迫った(産経新聞)という。しかし、官邸は「『次官は2年間が通例』として交代を押し切った」(防衛省関係者)。

雨宮、中曾の一騎打ちか

 では下馬評はどうか。米経済専門通信社のブルームバーグが4月中旬実施したエコノミスト調査で次期日銀総裁の有力候補を3人挙げてもらったところ、雨宮正佳副総裁(1979年入行)が29人、前副総裁の中曽宏大和総研理事長(78年入行)が28人と拮抗、他に浅川雅嗣アジア開発銀行総裁(元財務官)が9人だったという。新潮社の会員制政治経済ニュースサイト「フォーサイト」や「ロイター」、「日経新聞」、「財界」など各メディアからは黒田続投説は聞かれず、財務官僚だった黒田総裁の後任は日銀プロパーとの説が有力で、いずれのメディアも「雨宮、中曾の一騎打ち」と予想しており、候補は絞られた格好だ。

 ヒントは今年3月初めに、岸田政権が国会に提示した日銀審議委員の交代人事案。6月23日に任期満了で退任する積極的な金融緩和論者(リフレ派)の片岡剛士委員の後任に、大規模金融緩和の副作用に懸念を表明する岡三証券グローバル・リサーチ・センターの高田創理事長を選んだ。市場では、「将来の緩和修正への布石では」(朝日新聞)との見方が紹介されている。黒田異次元緩和を支えた企画畑のエリート、雨宮副総裁かリーマンショック後の世界的な金融対応で手腕を発揮した国際畑の中曾前副総裁か、あるいは民間大物経済人の起用というサプライズ人事があるのか、レースは終盤に差し掛かった。


22:10

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告