注目される岸田首相のセントラルバンカー指名
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年
参院選も終わり、来年4月8日で任期が切れる日銀総裁(セントラルバンカー)人事を巡る報道がメディア世界で熱を帯びてきた。白川方明前総裁は任期切れ2か月前に辞任を表明、その理由として「新副総裁の任期と私の任期満了には3週間弱のズレがある。新たな体制で金融政策を議論するには(総裁、副総裁)同時スタートが最も自然」と説明しているので、雨宮正佳、若田部昌澄両副総裁の任期が切れる23年3月19日をデッドラインに、その数か月前に岸田首相の人選が行われると思われる。
人選のポイントは2期10年に及ぶ長期間、トップを務めた黒田東彦総裁の金融政策を実質的な任命権者の岸田首相がどう総括するかだ。2%の物価安定目標の実現、大規模な国債買い入れやマイナス金利、イールドカーブコントロール政策など黒田総裁の下で進められた異例の金融緩和を継続するのか、転換するのかに集約される。
しかし日銀総裁人事は金融政策を巡る選択の象徴であると同時に、財政や物価対策など政治的要素も絡む政治的人事でもある。自民党内では安倍晋三元首相の提唱してきた金融緩和・積極財政を旗印とする「責任ある積極財政を推進する議員連盟」と国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)黒字化を掲げる「財政健全化推進本部」の対立が伝えられ、来年度予算政府案を巡る綱引きが継続中。
人事で自分の色を出す岸田首相
次期日銀総裁人事に影響力を持つとされる安倍元首相が6月中旬、自民党の「積極財政議連」の会合に出席、「次の総裁もしっかりとしたマクロ経済路線でやってほしい」などと発言、アベノミクスの継続を堅持するよう牽制したと受け止められた。「安倍元首相の国葬」決定は岸田首相が安倍派に配慮した結果と伝えられるが、安倍元首相の死去で岸田政権がどこまで安倍カラーに付き合うかは不透明。
「『政策より人事で自分の色を出すタイプ』―官僚の間で聞く岸田首相の評価だ」(日経7/13)との指摘がある。政府は6月17日の閣議で防衛省の島田和久次官の退任と後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官を充てる人事を決めた。島田前次官は第2次安倍政権で首相秘書官を約6年半も務め、次官就任後も「防衛費のGDP比2%」の旗振り役や国の外交・防衛政策の基本方針となる「国家安全保障戦略(NSS)」、「防衛計画の大綱」など戦略3文書の改定も主導してきた人物。
島田氏の年末までの続投は既定路線とみられており、安倍元首相の実弟である岸防衛相も、3文書や重要政策の継続性を理由に島田氏の留任を5月ごろから官邸に打診。安倍元首相は岸田首相を議員会館の自室に呼びつけ、島田氏の退任人事を再考するよう迫った(産経新聞)という。しかし、官邸は「『次官は2年間が通例』として交代を押し切った」(防衛省関係者)。
雨宮、中曾の一騎打ちか
では下馬評はどうか。米経済専門通信社のブルームバーグが4月中旬実施したエコノミスト調査で次期日銀総裁の有力候補を3人挙げてもらったところ、雨宮正佳副総裁(1979年入行)が29人、前副総裁の中曽宏大和総研理事長(78年入行)が28人と拮抗、他に浅川雅嗣アジア開発銀行総裁(元財務官)が9人だったという。新潮社の会員制政治経済ニュースサイト「フォーサイト」や「ロイター」、「日経新聞」、「財界」など各メディアからは黒田続投説は聞かれず、財務官僚だった黒田総裁の後任は日銀プロパーとの説が有力で、いずれのメディアも「雨宮、中曾の一騎打ち」と予想しており、候補は絞られた格好だ。
ヒントは今年3月初めに、岸田政権が国会に提示した日銀審議委員の交代人事案。6月23日に任期満了で退任する積極的な金融緩和論者(リフレ派)の片岡剛士委員の後任に、大規模金融緩和の副作用に懸念を表明する岡三証券グローバル・リサーチ・センターの高田創理事長を選んだ。市場では、「将来の緩和修正への布石では」(朝日新聞)との見方が紹介されている。黒田異次元緩和を支えた企画畑のエリート、雨宮副総裁かリーマンショック後の世界的な金融対応で手腕を発揮した国際畑の中曾前副総裁か、あるいは民間大物経済人の起用というサプライズ人事があるのか、レースは終盤に差し掛かった。