日誌


2022/06/28

POLITICAL ECONOMY第217号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
岸田政権の「新しい資本主義」はどこへ向かうのか
           
                横浜アクションリサーチ 金子 文夫

どこが新しいのか
 
 参議院選挙は予想どおり自民党の圧勝で終わり、安倍元首相の急死による自民党内の政治力学の変化も含めて、岸田政権の「黄金の3年間」の行方が注目される。2021年9月の自民党総裁選で打ち出された「新しい資本主義」構想は、当初は金融所得課税の強化に象徴される分配重視、新自由主義からの転換を印象づけていたが、その方向性はすぐに修正されていく。新設した「新しい資本主義実現会議」による11月の「緊急提言」から2022年6月の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下、「実行計画」と略記)に至る過程で、成長戦略重視の姿勢が一段と鮮明になった。

 確かに、「実行計画」の冒頭部分では、資本主義の歴史を、自由放任主義⇒福祉国家⇒新自由主義⇒新しい資本主義という流れで描き、新自由主義とは異なる段階(第4ステージ)に至ったとの認識を示し、新自由主義による経済的格差の拡大、気候変動の深刻化など、克服すべき課題を明示している。その点は評価すべきとしても、経済成長によってこうした問題を解決できるという立場に立つため、本来の分配政策である税制・社会保障制度の改革は検討課題から除外し、成長戦略に直結する「人への投資」を新種の分配政策として打ち出すことになった。税制は政府税制調査会、社会保障は新設する「全世代型社会保障構築会議」で扱うという。以下では、分配政策の位置づけを中心にして、二つの報告書の内容を検討してみよう。

「緊急提言」から「実行計画」へ―分配政策の成長戦略への埋没

 「緊急提言」は全文17頁であり、これを前文2頁、成長戦略10頁、分配戦略5頁に配分している。ここに早くも分配戦略軽視の姿勢が現れている。成長戦略は、科学技術立国、イノベーション・スタートアップ支援、デジタル田園都市国家、経済安全保障の4本柱で構成される。分配戦略は民間部門と公的部門に二分され、民間部門では男女間の賃金格差解消、賃上げ企業の減税、労働移動の円滑化・職業訓練、非正規労働者への分配強化、中小企業支援などの施策が列挙される。公的部門では、看護・介護・保育労働者の収入増加策、子ども・子育て支援、大学生奨学金の返済負担軽減などが提示される。

 ここで注目すべきは、分配戦略の副題に「安心と成長を呼ぶ「人」への投資の強化」が掲げられ、成長戦略との連結が強調されていることである。人的資本への投資策は労働移動の円滑化を扱う項目の中に書き込まれ、他の項目に比べて記述が詳細である。

 一方、「実行計画」は、全文35頁に増強され、構成が大きく組み替えられた。「緊急提言」にあった成長戦略と分配戦略の2部門構成は解消し、全体が成長戦略を基調とする7章建てに編成され、分配政策はそのなかに組み込まれた。全7章のうち、前文とまとめの3章を除く4章が本体部分であり、重点投資(人への投資、科学技術、スタートアップ、GX・DX)20頁、経済社会システム(法人形態、インパクト投資等)2頁、多極集中化(デジタル田園都市国家、仮想空間等)5頁、個別分野(経済安全保障、金融市場整備等)4頁といった構成となり、重点投資に過半の頁数をあてている。

 分配政策は重点投資の第一の柱「人への投資と分配」の中に置かれ、賃金引上げ、スキルアップを通じた労働移動の円滑化、資産所得倍増プラン、子ども・子育て・高齢者支援、多様性の尊重と選択の柔軟性等の項目が並べられた。このように分配政策すべてを重点投資項目に盛り込むのはかなり無理があるが、人への投資が成長と分配の両面をもつ点に着目したからだろう。

「人への投資」は格差を是正するか

 しかし、人への投資は格差是正に通じるのか。「新しい資本主義」構想の下敷きには、諸富徹『資本主義の新しい形』(岩波書店、2020年)があるのかもしれない。「新しい」という言葉が共通しているし、資本主義の非物質化が進み無形資産投資が重要性を増す、従って無形資産を生む人への投資が課題になるという筋書きも共通している。

 ただし、諸富氏の人への投資論はスウェーデンの積極的労働政策がモデルであり、それは同国特有の賃金決定制度、高負担・高福祉の社会システムが前提となっている。人への投資は成長戦略であるとともに分配政策でもあるが、格差是正策としては限界がある。高技能を身に着け、労働生産性をあげて高収入を得る人が出るとしても、全員がそうなるわけではない。

 格差是正という本来の分配政策を実行するには、所得税(金融所得課税を含む)の累進性強化、相続税強化、法人税引上げ(または累進課税化)等、財源の裏付けを確保しなければならない。社会保障制度の改革も先送りは許されない。「新しい資本主義」は税制・社会保障制度の改革を抜きにしてはグランドデザインたりえず、成長戦略一本鎗のアベノミクスの二番煎じに堕するしかないだろう。


16:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告