日誌


2022/05/23

POLITICAL ECONOMY第216号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「困難な問題を抱える女性支援法」やっと成立、よかった!
  
                                           街角ウォッチャー 金田麗子

  「困難な問題を抱える女性支援法」(以下「女性支援法」)が5月、超党派の議員立法でやっと成立した。

 支援対象を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性、その他さまざまな事情により日常生活または社会生活を円滑に営む上で困難な事情を抱える(おそれのある女性を含む)女性」と定義し、本人の意思を尊重しながら最適な支援を目指す。基本理念として、「女性の福祉の増進」「人権の尊重」「男女平等の実現」を掲げ、女性支援のために必要な施策を国と地方公共団体の責務と定めている。

 これまで貧困や暴力などの様々な困難を抱えている女性たちへの公的支援「婦人保護事業」は、1956年制定された女性の取り締まりや、管理・指導の対象とする「売春防止法」を根拠法としてきた。

 「売春防止法」とは、「売春を行うおそれのある女子」への補導処分と保護更生によって売春を防止することが目的の法律であった。「保護更生」のために、各都道府県に「婦人相談所」を設置し、相談、調査、判定、指導、一時保護、生活や自立を支えるために、婦人保護施設への収容保護の判断などを行ってきた。

 その後、家族関係の破綻や生活困窮などの多様な事情の女性たちを「婦人保護事業」の対象者として拡大、さらにDV被害者(2001年)、人身取引被害者(2004年)ストーカー被害者(2013年)と、それぞれ被害者支援の法律ができるたびに、同じ体制を活用し対象者の支援を行ってきた。

 その結果、加害者からの追跡を阻止するために一時保護所や婦人保護施設の場所の秘匿が必要な人と、居場所が必要な人が同じ施設になり、携帯電話所持の禁止、外出の制限など、後者の需要に応じられないという問題があった。しかも、婦人保護施設利用には一時保護所に入ることが前提で、行動制限やルールが多く監視されるため敬遠されがちで、婦人相談所は利用されない施設になりつつあった。2019年度充足率は全国平均21.7%だったという(朝日新聞6月20日付け)。

 このような状況の改善の必要性と、新たな女性支援の法的根拠を求める動きが強くなっていたので、新法成立はとても喜ばしいことだ。

人権意識に欠けていた「売春防止法」 

 しかし、「女性支援法」に関連して、「近年売春とは関係なく」DVや生活困窮、家族関係の破綻に苦しむ女性への支援も婦人保護事業で行われるようになったが、「被害者を犯罪者のように扱う」保護施設が問題視されてきた(読売新聞6月16日付け)という記述に違和感を持った。同様の論調は他でも見られる。「売春防止法」の対象者と、その他の利用者は違うというニュアンスで書かれている。

 そもそも「売春防止法」そのものが人権意識に欠けていて、対象の女性たちの尊厳を踏みにじるものであったととらえるべきだと思う。
 
 東京新聞「婦人補導院」の廃止に関する記事(2022年3月21日)によると「婦人補導院」は売春防止法違反のうち、5条違反(勧誘等)の罪で、執行猶予付き判決を受けた20歳以上の女性が、「指導処分」として入る施設だ。6か月以上収容され、裁縫や調理、野菜の収穫体験などの生活指導や職業訓練を受ける。執行猶予中にもかかわらず、刑務所に近い生活環境で、重い扉に頑丈なカギが外から掛けられ自由はない。

 全国婦人保護施設等連絡協議会の横田千代子会長は、「売春に至った経緯や背景は見ず、福祉的支援が必要な女性たちを犯罪者の目線で「更生」させるための場所としてあった」。女性たちは、「障害があり、家族からも見放され、性的搾取をされてきた【社会的被害者】で、自由な環境のもとソーシャルワーカーから生活支援を受けたり、心理的ケアを受けるべきだった」と語っている。

 彼女たちこそ、「女性支援法」の支援対象者そのものであった。「女性支援法」成立により、「売春防止法」第3章(補導処分)、第4章(保護更生)は全面削除された。「婦人補導院」も廃止された。これこそやっとである。「婦人相談所」、「婦人相談員」「婦人保護施設」は、それぞれ「女性相談支援センター」「女性相談支援員」「女性自立支援施設」と名称が改まる。

地域で長期的に受けられる支援体制を

 「女性支援法」では、女性の抱える問題を「多様化」「複合化」「複雑化」ととらえている。心身の回復と、自立した生活を構築するために、長いスパンの支援体制が求められていると思うが、だからといって長期間の施設支援前提では、「売春防止法」下の支援の二の舞となる。

 集団生活は、被害者に負荷がかかるし、トラブル防止のための管理体制が生まれるもとだ。本人自身の意向に基づき、地域で継続した支援が受けられるように整備してほしい。市町村の役割、民間団体との連携も要になると思う。


21:33

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告