日誌


2014/12/09

POLITICAL ECONOMY 第26号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
無年金・低年金者救済はどうなった?

                                                           経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 消費税の10%への増税が、2017年4月と1年半先送りされたが、そのあおりを受けて受給資格を25年から10年とする無年金者救済や低年金受給者に対する最大5000円支給の実施が延期されようとしている。消費増税が先送りされたので財源確保ができないためとされている。確かにこれらの政策は「社会保障と税の一体改革」で、消費再増税とセットとされているものだが、格差の拡大が著しい中で行われた消費増税で低所得者の生活が脅かされている現状では、むしろ優先して取り組む課題ではないか。

 2015年10月に実施予定だった消費税の2%増税(8%→10%)によって、17年度からは年間約2兆8000億円の税収増が見込まれていた。これに対応して子育て支援に8000億円、国民健康保険財政支援など医療・介護に1兆5000億円、低年金無年金者対策に6000億円が実施される予定だった。

  ところが、消費税の再増税の先送りしたため、これらすべての施策を実施すると、15年度4500億円、16年度で1兆円以上の財源が不足するという(「日経新聞」2014年11月25日付け)。

 そこで安倍政権は、これらの政策のうち子育て支援と医療・介護施策(65歳以上の介護保険料の軽減は検討中)は15年度から実施するが、低年金無年金者対策は消費税の再増税が実施される17年4月まで延期すると言うのだ。

  無年金者対策は、年金の受給資格を現行の25年から10年にするというもので、保険料を10年以上25年未満払ってきた人が救済される。もうひとつは、所得が低い年金生活者に月最大5000円支給する「年金生活者支援給付金」である。「社会保障と税の一体改革」の中で、数少ない花丸政策との評価があったものだ。

 ちなみに受給資格を25年から10年とする制度改正の財源は年300億円、「年金生活者支援給付金」は5600億円である。

 この二つを先行実施することになると、消費税の再増税とセットという建前は崩れるし、財務省としても事実上全政策のを認めることになることもあって抵抗しているのだろう。

貧困高齢者増加に歯止め

 そもそも民主党政権が進めた「社会保障と税の一体改革」は、当初の理念から大きく外れ、まず消費増税ありきで、負担増に見合う社会保障サービスの改善は見えなかった。税制改革は、所得税の累進課税の強化だけでなく金融所得課税との一体化などを十分やったうえで消費税に手をつけるべきであった。「社会保障と税の一体改革」は、いつの間にか「税と社会保障一体改革」となり、最後は「消費税と社会保障の一体改革」となってしまったのだ。

 しかし、それでも「増税が社会保障サービス向上と一体で行われたのは初めてで画期的」と神野直彦氏は、経済分析研究会での報告で強調されていた。低年金無年金者対策は、社会保障サービス向上の中で目に見える数少ない政策なのだ。

 最後にひとつ提案。受給資格を10年に短くする政策を先行実施することは可能ではないか。財源が少ないことと「年金生活者支援給付金」は、年金受給者が対象だからだ。しかも、「年金生活者支援給付金」は、消費税率を10%に上げた日に実施となっているので、先行実施するためには法改正が必要となる。

 貧困高齢者増加に歯止めをかけることは、消費拡大にも結びつく。政権の姿勢が問われていると思う。


20:21

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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