日誌


2019/03/05

POLITICAL ECONOMY138号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
主役は誰?生活のペースは彼ら自身のもの

                   まちかどウオッチャー 金田麗子

 最近職場の同僚が突然退職した。精神しょうがい者グループホームで働く同僚である。家庭の事情というのが退職理由のようであるが、何度か職員ミーティングで交わされた議論がすぐ思い出された。

 運営団体の方針で、週に一度利用者が夕食にカレーを作る。我々はサポートに徹することになっているが、その職員はずっと同じメニューであることが納得いかないというのだ。同じ材料を使って別メニューが作れるのにと言う。提案そのものはありだなと思ったが、「それではメンバーさんに聞いてみましょう」と責任者が言うと、「成長しませんよ。本人の意向だけ聞いていたのでは」と反論する。ザラっとした空気が他のスタッフから流れた。

 利用者が主体であって我々はあくまでも生活面のサポートだけであることを、責任者が丁寧に伝えたが、「はいはい」と言いムッとした様子を隠さなかった。他の施設を数か所経験してきている人で、「こんなに利用者の意見を聞くなんて他ではありえない。食べ物の好き嫌いだってなおしてあげなくちゃ」と毎回言う。そのたびに他のスタッフも反論するが、なんだか疲労感が増してうんざり。当人はとても良いことを提案しているつもりだから、やはり疲労とむなしさを感じていたようだった。

 私自身精神科に長く通院した経験もあるし、親族に統合失調症やうつの患者がいる。友人にも更年期だけでなく仕事や人間関係のストレスが原因で、うつやパニック障害に長く苦しんでいる人は少なくない。自分も含めた彼ら彼女らが、グループホームを利用することは十分ありうる。その時食べ物の好き嫌いまで矯正されるなんて。そんな扱いをされることを想像しただけで怒りがパンパンに膨らむ。

 急病手当給付に占める精神疾患での給付が顕著に伸びていることを、POSSEの今野晴貴が指摘している。全国健康保険協会「現金給付受給者状況調査」によると、若者の場合ほとんどが精神疾患であるという。

 このグループホームでも、就労してから発病し、失業や長い入院生活を経験してから利用している人たちがほとんどである。

 先日カレーの日の夕食後、利用者同士が一日を振り返って発言する時間に、「私はずっとカレーを作る自信がなく苦痛な時もあった。でも最近やっと大丈夫かなと思えるようになった」と発言した人がいた。ああそうだったかと驚いた。とても落ち着いて上手に作っていたから、こんな悩みがあったとは気が付かなかった。辞めたスタッフにも聞かせたかった。ここでの生活時間のペースは彼ら自身のもので、改めて主役は彼らであることを実感した。

「誰一人取り残さない」って主語は何?

 ところで統一地方選である。唐突のようだが私の地元神奈川県知事選の時に、職場のザラっとした体験同様の思いをした。

 3選目を目指す現職に対し対立候補は一人きり。与野党が相乗り支援の現職に、共産党推薦の市民活動家の女性候補という構図で、現職圧倒的有利はわかっていたが、せめて現職への批判票と思いいつも対立候補に一票投じているのだが、選挙ポスターを見て唖然とした。慈愛のこもった笑みを浮かべた候補者の横に「誰一人とり残さない」というスローガン。ざわざわとイヤーな気分になった。

 候補者の基本政策によると、「非正規労働者の処遇改善のために時給1500円に」とか、「18歳までの医療費ゼロ」などの項目が並ぶから、福祉や格差是正に取り組むということなのだが、「誰一人取り残さない」って主語は何?

 「取り残す人を出さないよう行動する私たち」が主語でしょう。「助ける人」「助けられる人」が固定化されている発想。「助ける人」が主語であることに疑問を抱かない。上から目線が露骨でイヤーな気分。

 非正規労働者も下流老人も貧困女子も子供の貧困もすでに特別な存在ではない。最近厚生労働省が発表した、2018年賃金構造基本統計調査によると、低賃金層の正社員が拡大しているという。正社員といっても昇給制度もなく、非正規とさほど変わらぬ低賃金。介護、保育、外食、小売り、運輸などに広がる「低賃金労働市場」。

 一方で公務員の「非正規化」も地方自治体で進んでいる。総務省2016年時点での調査によると、非正規雇用は64万人。2005年調査時に比し4割増えた。93の自治体で、非常勤や臨時採用職員が5割を超えている。非正規職員の75%は女性である。

 少数の巨額の富の持ち主を除いて、病気やリストラ、失業、離婚、高齢化などをきっかけに、誰もが貧困に陥るかもしれない社会に我々は直面し生きている。貯蓄などあっという間に底をつく。公務員夫婦だった私の両親も、90才近くになって「こんなはずじゃなかった」と嘆き、通院も嫌がっている。

 その不安をどうすれば解消できるか。そのための施策は「助ける人」「助けられる人」を固定化した発想ではなく、すべての人を主語にするべきなのは言うまでもない。                              
                                               


10:05

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告