日誌


2023/05/20

POLITICAL ECONOMY第240号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「広島のねがいはただひとつ せかい中のみんなの明るい笑顔」

                   労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 広島での主要7カ国首脳会議(G7広島サミット。5月19日~5月21日)を前に市内はもとより周辺にもパトカーが目立ち、ヘリコプターの定期的な飛来が目立つようなった。15日の夕方、ワーキングディナー会場となる宮島(廿日市市)の対岸の散歩コース上空にひときわ大きな爆音が響いた。バイデン大統領が米軍岩国基地から広島入りするための予行演習で米大統領専用ヘリコプター2機と大型輸送ヘリコプター3機の飛来と、あとで知った。

 広島の爆心地とその周辺での開催ゆえ核問題への関心も高まっていた。4月12日には、世界中の市民社会組織が集まる公式エンゲージメント・グループ「C7(Civil 7 / 市民7)」は、G7広島サミットで議長を務める岸田首相に「核兵器が初めて使用されてから100 年の節目となる2045 年までに核兵器廃絶を実現するために速やかな交渉の計画を打ち出すこと」などを盛り込んだ「C7コミュニケ」を手交した。

予算の8割が「安全対策」

 県と広島市が支出する予算額は計150億6千万円あまり(内訳は県が約114億2千万円、市が約36億4千万円)、このうち、県の負担は77億3500万円、市の負担は28億7200万円、残る約44億5300万円は国からの財政支援(広島サミット県民会議)。全体の8割が道路修繕や警備などの「安全対策」で、都市部での開催がこのような予算編成となった。観光紹介や海外メディア向けのプレスツアーなど「広島の魅力の発信」にも11億5千万円が計上されていた。首脳の移動にともなう道路封鎖などで市民の日常生活にも大きな影響を及ぼした。

核兵器廃絶の展望が見えず

 G7広島サミットは広島平和記念公園内にある広島平和記念資料館で「被爆の実相」を見ることから始まった(実相:「一切のもののありのままの真実のすがた」。この言葉、被爆関連でよく目につき耳にする)。

 地元開催からくる最大の関心事は、なんといっても核廃絶への言及である。「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン(2023.5.19 広島)」は、「我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」と。「核戦争に勝者はなく、決してその戦いはしてはならない」、これは冷戦期の85年11月、当時のレーガン大統領とゴルバチョフ書記長が首脳会談で共同声明に合意したものである。同じ文言は2022 年 1 月の米国、ロシア、中国、英国、フランスの5核兵器保有国の共同声明でも確認されている。広島ビジョンには、この合意に近づける具体的な手立てが見えず「核抑止力」のまえに押しつぶされた。

 被爆者団体の評価は厳しい。6月26日、県内の7つの被爆者団体は共同で声明を発表した。各国首脳が「わずかながらも被爆の実相に触れ、核兵器を否定する思いを芳名録に記帳した」ことは評価しつつも、「核兵器廃絶の展望が見えず、期待にほど遠いものだった」と、不満を表明している(「朝日新聞」大阪本社版広島面。6月27日付)。

 核廃絶のほかでは、懸念されていた国際社会の北半分の2極化については、「デカップリング(分断)」ではなく「デリスキング(リスク低減)」に基づいて対処するとの方針が盛り込まれたこと。ウクライナのゼレンスキー大統領の訪問は対面でのアピール力を示したこと。尹韓国大統領夫妻と岸田首相夫妻の朝鮮人慰霊碑への献花は広島で多くの朝鮮人が犠牲となったことを思い起こさせたこと。またカナダのトルドー首相は21日、自らの希望で広島平和記念資料館を再訪問したこと、などは印象に残った。

 一方、経済界の評価は高い。「広島サミット県民会議」の副会長を務める広島商工会議所の池田会頭は、記者会見でつぎのように述べている。「G7広島サミットは、食や産業、お土産、物産も紹介できたので、将来、広島が成長していくために大変よかった」と(NHK広島 NEWS WEB 広島商工会議所会頭 サミットきっかけに「誘致策強化を」05月24日)。

核廃絶への裾野の広がりを

 広島平和記念公園内の原爆ドームは1996年に世界遺産に認定された。イギリスの文化思想家、R・クルツナリックは、「遺産とは、『残す』ものではなく、一生をかけて『育てる』ものだ」と(「グッド・アンセスター 私たちは『よき祖先』になれるか」)。

 広島の子どもたちに広く歌われている歌がある。「アオギリの歌」である。この歌を聞き、この歌が話題になるとき、平和への思いが引き継がれていることを実感する。作詞・作曲は当時小学校生の森光七彩さん。小学2年の時、校庭の被爆アオギリ2世の世話係に。担任に「この木のお母さんがいるんだよ」と教わり、平和記念公園へ会いに行ったときのメモをもとに曲をつけたもの。新しい時代の広島のまちづくりを進めようと2000年度から取り組んできた事業で、2001年11月3日に公開審査を行い、会場では、来場した市民も各1票を投じ、グランプリを獲得。広島の平和記念公園 にある「被爆樹木」の子孫であるアオギリの前にあるモニュメントのスイッチを押すと、森光七彩さんが歌
う「アオギリの歌」が流れてくる。その最後は「広島のねがいはただひとつ せかい中のみんなの明るい笑顔」である(添付写真)。
 
 広島平和記念公園内で各国首脳が献花した原爆慰霊碑の正面に立つと、奥に火が見える。「平和の灯(ともしび)」だ。1964年8月1日に点火されて以来ずっと燃え続けている。「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けよう」という反核悲願の象徴である。この「灯」の消える日の近いことを願う。


11:26

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告