日誌


2024/02/26

POLITICAL ECONOMY第258号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
弥生3月、金融政策のポイント
   グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 春3月の東京証券取引所は2月22日の取引時間中に1989年の史上最高値3万8957円44銭を上回り、その後、3月に入っても4万円を超える史上最高値を更新する場面を続けている。3月22日には取引中の最高値4万1087円75銭をつけている。

 3月7日の参院予算委員会で日本銀行の植田和男総裁は、物価上昇率を2%で安定させる目標について「見通しが実現する確度は引き続き高まっている」として、それが見通せる状況になれば、「マイナス金利政策など大規模緩和策の修正を検討していく」と踏み込んだ。これは、マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロール(YCC)など大規模緩和への修正を、岸田政権としての既定路線だとするということである。そして19日の金融政策決定会合でマイナス金利からの脱却とYCC撤廃に踏み込んだ。

 しかし、「2%物価安定目標の実現に向けて着実に歩を進めている」というのはいかがであろうか。あたかも日銀が思い切った利上げに動くかのような観測を市場に与えてしまうからだ。このような発言は、浮世離れした安直な発言と私は見る。事実、一時、東京外国為替市場においても円買い・ドル売りが加速した。それを受けて日経平均株価も下落方向に向かった。

 日本経済の現状を見れば、まだまだ金融緩和を続けざるを得ないだろう。市場の中に日銀は利上げに動くというような見通しが出るとショックは大きくなろう。金利引き上げに向かうとしてもマスコミや講演の場などを通じて、少しずつ市場に沁み込ませていくような伝え方が望まれるところである。

賃上げと物価の好循環は「徐々に」

 日銀は2月26日、企業が賃上げを販売価格に反映する動きが「徐々に広がっている」との調査結果を公表した。これで日銀がマイナス金利を早期に解除するとの見方が市場で広がるなか、賃金と物価の好循環が強まり、「基調的な物価上昇率が徐々に高まっていく」ことを見通しとしたのだろう。

 また、人件費の上昇を値上げの理由に挙げる企業が徐々に増加するなど、企業行動には変化の動きがみられる。リポートでは「長らく続いてきた賃金や物価が上がりにくい状況が徐々に変化してきている可能性を示唆している」と指摘している。

 こうした日銀の思惑通りに事が運ぶかどうかを占う試金石となったのが、春季労使交渉(春闘)の回答であった。政府も日銀も先行きを成り行きに固唾を飲んで見守っていたのである。

 3月13日に集中回答日を迎えた春闘は満額回答を獲得した企業も目立ち、その結果、賃上げ率は昨年の3.6%(厚生労働省の統計)を上回り5.28%となった。さらに第二次集計でも5.25%となった。

 賃上げ率は4%台後半から5%程度となるだろう。しかし、「物価と賃金の好循環」の実現は、今後数年かけて目指すべきである。


18:21

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告