日誌


2024/03/09

POLITICAL ECONOMY第259号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
補助金漬けの国策工場で「半導体復活」は可能なのか
                             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 半導体大国復活に向けて経産省が躍起になっている。生成AI(人工知能)、自動運転、スマホなど向けの需要が急増、加えて米国による「脱中国」のためのサプライチェーン(供給網)再編から半導体の戦略的重要性が高まっているためだ。経産省は「半導体王国」への復活のラストチャンスとばかりに、巨額の補助金で業界を説得、九州、北海道での生産拠点整備を進めている。しかし、寄せ集めの新会社を作り、巨額の補助金を投入して、いきなり世界最先端の半導体生産を行おうというのは、凋落した日本にとって無謀という声は多い。

経産省が先導

 経産省が強気になっている背景には、世界の半導体をめぐる状況の変化がある。ひとつは半導体の需要が大きく伸びる可能性が高まったことだ。自動運転、IoT(モノとインターネットの結合)、スマホ、ドローンなどビジネスや生活に関わるものだけでなく、戦闘機、ミサイルなど軍事まで多くの半導体が使われるようになった。それも最先端の半導体を駆使したAIと結びつけて新たな需要が作られている。

 そこで経産省は、世界の半導体需要は30年には現在の1.5倍の100兆円の市場規模になると予測、日本半導体復活のラストチャンと捉え、30年に国内の売上高を現在の3倍にあたる15兆円まで引き上げる目標を掲げている。

 もうひとつの大きな変化は、米中対立激化から米国が半導体を安全保障の「戦略物資」と位置づけ、中国に対する先端半導体製造技術の流出を徹底的に規制し始めたことだ。「脱中国」を目指して自国での生産を増やすグローバル・サプライチェーンの再編に動き出した。

 こうした世界の半導体生産をめぐる状況変化を背景に、経産省は「半導体戦略」を21年6月に打ち出した。その後、ロシアによるウクライナ侵攻から「台湾有事」がクローズアップされたこともあり、世界の半導体生産の大半が台湾に集中していることがリスクと見なされ、軍事的な意味での半導体の「戦略物資」の意味合いがより高まった。このため経産省は23年6月に「半導体・デジタル産業戦略」という改定版を出している。

 具体策として出されたのが台湾の半導体受託生産最大手台湾積体電路製造(TSMC)による熊本県菊陽町の工場建設と北海道千歳市に建設する最先端の半導体工場だ。これらを実現するためには巨額の資金が必要となる。政府は21年6月の成長戦略実行計画で「特定半導体基金」を創設を決め、21年度補正予算で6170億円を投入した。23年度補正予算では同基金への積み増しを含め3兆4000億円投入している。

 九州のTSMCの工場の総投資額は1兆3000億円。国は4760億円という多額の補助を行っている。同工場で生産するのは、すでに技術が確立されている回路線幅12-28ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体で、自動車や機械装置など向けに量産する。同工場は年末までに本格稼働する予定だ。

 もうひとつの北海道工場は、トヨタ、NTT、ソニーなどが出資する新会社ラピダスを設立、現時点で最先端(3ナノ)を超える2ナノ)の半導体を27年に量産するという。

いきなり最先端は無謀の声

 経産省主導で実現する両工場は極めて対比的だ。熊本工場は量産技術が確立されているが、日本の企業にはむずかしい半導体の生産のために外国企業(TSMC)を誘致した。九州はシリコンアイランドといわれるように、歴史的に半導体の集積地となっているため、人材も豊富で日本企業への波及効果も大きい。つまりインフラが整った場所で身の丈に合わせた工場建設となっている。

 ところが、北海道での工場は九州とまったく逆で、国産にこだわり渋る産業界を説得してラピダスを設立した。このため補助額も初期投資2兆円の半分の1兆円を国が補助する。まさに「国策半導体工場」である。しかも北海道は製造業そのものが少なく、技術はだけでなく人材の蓄積も乏しい。波及効果もあまり期待できない。インフラがない場所で目一杯背伸びした構図となっている。

 このためベルギーの研究機関imecと2ナノを開発に成功した米国のIBMに技術支援を求めたが、IBMは量産技術は持っているわけではない。半導体技術の難しさは量産化にあるといわれ、IBMによる支援には疑問の目が向けられている。

 経産省にとって本命はいうまでもなく北海道の工場。巨額の補助金を行うためには「最先端」という御旗が必要だからだ。自民党の甘利明、麻生太郎両氏を担ぎ出して財務省への手回しも行ったという。

 なぜ経産省は国産で最先端にこだわるのか。背景にあるのは、「技術先進国の日本にできないはずはない」という意識のようだが、40ナノ程度の実力の日本が、新企業でいきなり2ナノに挑戦するのは、あまりにハードルが高すぎる。

突出する日本の補助金

 経産省が巨額の補助金を準備したのは、半導体は技術が進むほど開発や設備投資額が膨らみ、日本は巨額の投資競争に負けたという面もあると「反省」しているためだ。また、世界を見れば中国だけでなく、欧米も国をあげて国内の生産拠点づくりに奔走していることもある。

 米国では「CHIPS及び科学法」を成立させ、5年間で527億ドル(約8兆円)を投じることを決めている。またEUも半導体産業を支援するため「欧州半導体法」を施行、30年までに111.5億ユーロ(約2兆円)の資金を投じるとしている。

 世界的な補助金競争は際限がなくなっているが、その中で日本の補助金の高さは抜きん出ている。財務省が財政制度審議会財政制度分科会に提出した資料によれば、日本の半導体産業支援額は3.9兆円と米国の7.1兆円に次ぐ額だが、対名目GDP比率でみると0.71%と断トツに高い(図参照)。

 しかも、米国やEUでは、補助を受けた企業が想定以上の収益を上げた場合、収益の一部を返還するルール作りに動いている。ところが、日本ではラピダスのように巨額の補助金は投資額の半分を超え、「歯止め」策もない。

 経産省は、量産化に成功すれば半導体会社は利益を得ることができ、そこからの法人税収で国は元を取れるという筋書きを描くが、ラピダスのような賭に等しい投資は失敗すれば税金のムダ遣いになる。成功してもさらなる最先端半導体投資のために国は巨額の補助金を出さなければならなくなる可能性がある。

22:31

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告