生活に根ざす鉄道インフラ
芸備線に「存亡」と「活用」の二つの協議会
労働調査協議会客員調査研究員 白石利政
2024年の公示地価が3月26日公表された。東京、大阪、名古屋の三大都市圏での高騰と交通アクセスのよい「周辺市」へ地価上昇が波及していることが翌日のニュースとなっていた。その要因は都心より広い住宅を求める動きである。人が増えれば交通アクセスも改善される。大阪圏北部の北大阪急行電鉄(第三セクター)では鉄道が延伸し、大阪メトロと繋がり便利さと都心への「時短」が図られている。
同じ日、「芸備線再構築協議会」の初会合が開催された。改正地域交通法(2023年10月施行)を受け、JR西が早速「大量輸送という鉄道の特性を発揮できていない」として国土交通省に要請し、今年1月に全国で初めて設置が決められた。こちらは国が関与してローカル線を存続させるか、廃止してバスに転換するかなど、地域の実情に沿った形で公共交通のあり方を話し合うもので、3年以内を原則に結論を出すことになっている。
芸備線は超過疎路線
芸備線は広島県広島市の広島駅と岡山県新見市の備中神代駅(岡山県)を結ぶローカル線で、全線開通は1936年10月、営業キロは159.1 km、全区間単線で非電化である。なお、沿線の備後落合駅(広島県庄原市)は木次線で宍道駅(島根県松江市)とつながっており、備中神代駅は伯備線(岡山県倉敷市の倉敷駅から鳥取県米子市の伯耆大山駅)に乗り入れている。
再構築協の対象となったのは中国地方の山間部に位置する備後庄原(広島県庄原市)―備中神代(岡山県新見市)の68.5㎞、16駅である。運行本数は少なく使い勝手も悪い。営業収支が均衡する目安とされる輸送密度1,500人/日を大きく下回っている。なかでも備後落合-東城間は一日3往復の超過疎路線、営業密度は20人で全国ワースト1である(図参照)。
再構築協の構成員は、国交省中国運輸局(議長)、自治体(岡山県と広島県、地元の岡山県新見市と広島県庄原市、これに区間外の沿線にある広島市と三次市が参加。安芸高田市は「JR西の要請区間に該当しない」として不参加)、鉄道事業者(JR西日本の岡山と広島の支社)、公共交通事業者(岡山県と広島県のバス協会)、公安委員会(岡山と広島の県警)、学識経験者ら19人からなる。
初回の会議でJR西は「今後見込まれる人口減少などの環境変化、地域の移動ニーズ、特性などを踏まえ、今よりも地域にとって便利で持続可能性の高い交通体系の実現に向けた議論をしたい」と述べ、これに対し県や市は存続を訴えている。沿線自治体の庄原市・大原直樹副市長は「高校生や高齢者などの移動を支え、まちづくりを進める上で欠かせない。日常の利便性向上に加え、交流人口の増加や地域産業の活性化など、ほかの交通モードに代えがたい新たな価値や役割を最大限追求したい」と、新見市・野間哲人副市長は「新見市は鉄道とともに発展してきた。現在も高校生や高齢者にとってなくてはならない移動手段となっている」と(NHK NEWS WEB 「JR芸備線 全国初の再構築協議会 路線存続やバスへ転換など議論」2024.3.26)。
地元紙は、再構築協の対象地域の県北面では「存続や利用促進 住民の願い切実」、社会面では「期待の声 冷めた目 庄原沿線 交差する思い」、との見出しを打っている。東城駅の一帯を歩いた記者の「買い物で福山市や広島市に出かける際は路線バスや高速バスを使う。地元を走る汽車を見て育っただけに芸備線に愛着はあるが、なくなってもたちまち困らんよ」は、「冷めた目」からの声である(中國新聞 2024.3.27)。
鉄道を活かして街づくりの動きも
芸備線についてはもう一つの動きがある。広島市は三次市、安芸高田市とともに街づくりなどをテーマとした任意協議会を立ち上げる。これは広島広域都市圏内の自治体が広島―三次間(68.8㎞)を対象に議論。街づくりの一環として芸備線のあり方や、駅の活用策などについて話し合う。広島市の戸田祐二・道路交通局長は19日の市議会本会議で、「3市が一つの経済体として広域的に連携し、主体的な街づくりを進めていく」とし、「公共交通ネットワークを持続可能で利便性の高いものにするために議論する」と説明している。最終的には地域公共交通計画の策定、事業の実施及び評価する役割が加わる法定協議会への移行を考えているようだ。これには国やJR西日本なども参加の予定で、広島県も参加の意向を示しているが、広島広域都市圏に入っていない庄原市は含まれていない(朝日新聞大阪本社版・広島面2024.⒉.20)。
このように、同じ地方ローカル線内の過疎化が進む山間部と人口の集中が進む都市部で、一部では鉄道の存亡に、他方では鉄道を活かしての街づくりに、焦点が当てられている。
過疎の移動問題は深刻さを増す
移動をめぐる課題はこれから深刻さを増す。65歳以上で運転免許自主返納者は年間40万人前後、「食料品アクセス困難人口」(農林水産政策研究所。店舗まで500m 以上かつ自動車利用が困難者)は2020年で900万人との推計もある(朝日新聞夕刊2024.4.15)。ともに、増えることは明々白々なこと。
鉄道のバスへの転換もドライバー不足や働き方改革による長労働時間の抑制で容易ではない。また最近は、トラックによる貨物輸送が、環境負荷への配慮などから、フェリーや鉄道による貨物輸送を組み込んだモーダルシフトの動きもあって、鉄道貨物輸送見直しも検討、一部ですでに実施されている。
鉄道インフラは生活を左右する。状況にあわせた活用が求められる。バスの強みが生活圏内の循環にあるとすると、鉄道の強みは他の地域とつながっていることにある。なによりも未来の生活をしっかり見据え、事業の安定や、多様な移動手段の組み合わせをも含めて検討すべきことだと思う。