日誌


2024/03/24

POLITICAL ECONOMY第260号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
生活に根ざす鉄道インフラ
芸備線に「存亡」と「活用」の二つの協議会

労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 2024年の公示地価が3月26日公表された。東京、大阪、名古屋の三大都市圏での高騰と交通アクセスのよい「周辺市」へ地価上昇が波及していることが翌日のニュースとなっていた。その要因は都心より広い住宅を求める動きである。人が増えれば交通アクセスも改善される。大阪圏北部の北大阪急行電鉄(第三セクター)では鉄道が延伸し、大阪メトロと繋がり便利さと都心への「時短」が図られている。

 同じ日、「芸備線再構築協議会」の初会合が開催された。改正地域交通法(2023年10月施行)を受け、JR西が早速「大量輸送という鉄道の特性を発揮できていない」として国土交通省に要請し、今年1月に全国で初めて設置が決められた。こちらは国が関与してローカル線を存続させるか、廃止してバスに転換するかなど、地域の実情に沿った形で公共交通のあり方を話し合うもので、3年以内を原則に結論を出すことになっている。

芸備線は超過疎路線

 芸備線は広島県広島市の広島駅と岡山県新見市の備中神代駅(岡山県)を結ぶローカル線で、全線開通は1936年10月、営業キロは159.1 km、全区間単線で非電化である。なお、沿線の備後落合駅(広島県庄原市)は木次線で宍道駅(島根県松江市)とつながっており、備中神代駅は伯備線(岡山県倉敷市の倉敷駅から鳥取県米子市の伯耆大山駅)に乗り入れている。

 再構築協の対象となったのは中国地方の山間部に位置する備後庄原(広島県庄原市)―備中神代(岡山県新見市)の68.5㎞、16駅である。運行本数は少なく使い勝手も悪い。営業収支が均衡する目安とされる輸送密度1,500人/日を大きく下回っている。なかでも備後落合-東城間は一日3往復の超過疎路線、営業密度は20人で全国ワースト1である(図参照)。
 
 再構築協の構成員は、国交省中国運輸局(議長)、自治体(岡山県と広島県、地元の岡山県新見市と広島県庄原市、これに区間外の沿線にある広島市と三次市が参加。安芸高田市は「JR西の要請区間に該当しない」として不参加)、鉄道事業者(JR西日本の岡山と広島の支社)、公共交通事業者(岡山県と広島県のバス協会)、公安委員会(岡山と広島の県警)、学識経験者ら19人からなる。
 
 初回の会議でJR西は「今後見込まれる人口減少などの環境変化、地域の移動ニーズ、特性などを踏まえ、今よりも地域にとって便利で持続可能性の高い交通体系の実現に向けた議論をしたい」と述べ、これに対し県や市は存続を訴えている。沿線自治体の庄原市・大原直樹副市長は「高校生や高齢者などの移動を支え、まちづくりを進める上で欠かせない。日常の利便性向上に加え、交流人口の増加や地域産業の活性化など、ほかの交通モードに代えがたい新たな価値や役割を最大限追求したい」と、新見市・野間哲人副市長は「新見市は鉄道とともに発展してきた。現在も高校生や高齢者にとってなくてはならない移動手段となっている」と(NHK NEWS WEB 「JR芸備線 全国初の再構築協議会 路線存続やバスへ転換など議論」2024.3.26)。

 地元紙は、再構築協の対象地域の県北面では「存続や利用促進 住民の願い切実」、社会面では「期待の声 冷めた目 庄原沿線 交差する思い」、との見出しを打っている。東城駅の一帯を歩いた記者の「買い物で福山市や広島市に出かける際は路線バスや高速バスを使う。地元を走る汽車を見て育っただけに芸備線に愛着はあるが、なくなってもたちまち困らんよ」は、「冷めた目」からの声である(中國新聞 2024.3.27)。

鉄道を活かして街づくりの動きも

 芸備線についてはもう一つの動きがある。広島市は三次市、安芸高田市とともに街づくりなどをテーマとした任意協議会を立ち上げる。これは広島広域都市圏内の自治体が広島―三次間(68.8㎞)を対象に議論。街づくりの一環として芸備線のあり方や、駅の活用策などについて話し合う。広島市の戸田祐二・道路交通局長は19日の市議会本会議で、「3市が一つの経済体として広域的に連携し、主体的な街づくりを進めていく」とし、「公共交通ネットワークを持続可能で利便性の高いものにするために議論する」と説明している。最終的には地域公共交通計画の策定、事業の実施及び評価する役割が加わる法定協議会への移行を考えているようだ。これには国やJR西日本なども参加の予定で、広島県も参加の意向を示しているが、広島広域都市圏に入っていない庄原市は含まれていない(朝日新聞大阪本社版・広島面2024.⒉.20)。

 このように、同じ地方ローカル線内の過疎化が進む山間部と人口の集中が進む都市部で、一部では鉄道の存亡に、他方では鉄道を活かしての街づくりに、焦点が当てられている。

過疎の移動問題は深刻さを増す

 移動をめぐる課題はこれから深刻さを増す。65歳以上で運転免許自主返納者は年間40万人前後、「食料品アクセス困難人口」(農林水産政策研究所。店舗まで500m 以上かつ自動車利用が困難者)は2020年で900万人との推計もある(朝日新聞夕刊2024.4.15)。ともに、増えることは明々白々なこと。

 鉄道のバスへの転換もドライバー不足や働き方改革による長労働時間の抑制で容易ではない。また最近は、トラックによる貨物輸送が、環境負荷への配慮などから、フェリーや鉄道による貨物輸送を組み込んだモーダルシフトの動きもあって、鉄道貨物輸送見直しも検討、一部ですでに実施されている。

 鉄道インフラは生活を左右する。状況にあわせた活用が求められる。バスの強みが生活圏内の循環にあるとすると、鉄道の強みは他の地域とつながっていることにある。なによりも未来の生活をしっかり見据え、事業の安定や、多様な移動手段の組み合わせをも含めて検討すべきことだと思う。


06:58

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告