日誌


2024/02/11

POLITICAL ECONOMY第257号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
最新台湾事情~独裁反対・民主自由の国~(下)
                                
                                 元東海大学教授 小野豊和
                                                           
独裁者蒋介石は反共の砦

 さて、昨年11月、総統選挙前に台湾を訪ねると、民進党政権下だからだと思うが不思議な光景を見ることができた。中正記念館1階の展示場では特別展「自由的霊魂VS独裁者」が開催されていた。蒋介石は中国国民党党首として日本と戦うため一時は中国共産党と共闘を組んだが、日本が降伏すると、元々反共だったため自由と民主主義を守るため、共産党と戦うが敗れて台湾に逃れた。蒋介石の軍団は台湾にとっては外省人と呼び、歓迎ではなかったが、武力で勝る国民党がやがて台湾を制覇し一党独裁政治を強いるようになる。南部には原住民が多く、反体制運動のデモが起こり、中正広場に集まった民衆に対して天安門事件のような虐殺が行われた。中正記念館1階の展示場では当時の映像が流れ、焼身自殺した義士の現場も設営されていた。

 同じフロアーを進むと、蒋介石総統の執務室と2台のキャデラックが展示してあり何とも不思議な光景と思った。自由にものを言える国だからこそ、このような展示が許されるのだろう。蒋介石関連の施設、銅像などを廃棄すべきとの意見もあるが、迫りくる中国共産党を防衛する砦としての存在価値があるとのこと。

多様化が進む台湾社会

 国会に相当する立法院(定数113:小選挙区79、比例区34)と地方議会でクウォーター制が採用され、比例区では女性議員数が男性議員数を下回ってはならない。地方議会の議席のうち4人に1人は女性議員を当選させる。1998年夫婦別姓の法制化を実現した。行政院(政府)、立法院など行政機関に性別平等委員会を設置して監視している。さらに、同性婚について2017年に憲法裁判所が違憲としたが、2019年立法院が同性婚を認める特別法を可決し、2023年7月末で1万1千組の婚姻届けが受理された。

 35歳でトランスジェンダーでありながらデジタル担当大臣に就任したオードリー・タンの登場によりデジタル社会が加速した。社会の進歩を目指すIT技術者や学者、法律家などからなるネット上の専門家集団「g0v」が、政治献金のネット上の公開、立法院の予算使途のグラフ化、コロナ禍でマスクが購入できる商店のネット地図、濃厚接触者との履歴アプリの開発など、アイデア提案、行政監視などの活動を行ってきた。

若年層の高い政治意識

 高齢化が進む国民党員の中には死ぬまでには故国福建省に戻りたい希望を持つ者が多い。また中国からの同化圧力もあり、1990年代以降に李登輝政権が教育改革を進め、台湾人意識の向上、力のある野党勢力による政権党への突き上げ効果(健全な政党間闘争)、大学の自治活動、サークル活動を背景に2014年に起こった大学生らによる立法院占拠(ひまわり学生運動)などは、長い戒厳令下においても、消費者の権利保護、環境保護、男女平等の推進などの市民運動の蓄積があったからと言える。

 2022年ロシアのウクライナ侵攻後に起こった反戦運動も若者の高い政治意識が背景にある。日本と台湾の政権選択選挙における若者(20代)の投票率を比較すると日本の36.5%(2022年)に比べて、台湾は89.63%(2021年)と高い。台湾有事などの世論調査では、ロシアのウクライナ侵攻を見て「中国の台湾侵攻があるか」に対して「非常にある」が7.6%、「あり得る」が31%、将来について「独立」は52.8%、「現状維持」が22.4%、「中国との統一」は11%。(台湾のシンクタンク、22年4月)と特に若者の政治に対する意識が高い。一方、少子高齢化は日本以上に進み、出生率が0.98(2021年、日本1.30)で日本よりも低く、高齢化社会をどう生きるかという課題がある。

対立関係に無い労働組合

 労働組合については、国有企業と民間企業で組織率に差がある。訪問した石油工会では組織率が99.99%で、会長と董事長を除く社員は全員組合員で経営参加が進んでいた。日産系の裕隆汽車製造会社を訪問し、労組インタビューが目的だったが、賃上げ要求のもとになる社会情勢の把握について質問すると、同席していた人事責任者が経営側として資料提供を行っているとの答えが返ってきた。

 労働運動は日本と同じように賃上げと職場風土改善などだが、労使一体と言う印象を受けた。一方、国営のチャイナエアラインには組合が存在するが、民間企業のエバ航空には組合がなく労働運動を起こそうとすると解雇通告があるとのこと。熊本に進出し、第一工場の開所式(2月24日)を行ったTSMCには組合がないが、中位層の賃金で比較すると一般企業の4倍以上(一般が約25万円に対して100万円超)の高水準だった。

試される政権運営

 民進党は総統選に勝利したとはいえ立法院では過半数割れ、地方議会では国民党優位のねじれ状態で政権運営は厳しい。世界における台湾との外交関係を有する国は現在13カ国に減り、友好的だった中南米、太平洋の島嶼国が中国に切り替えるなど厳しい状況に追い込まれている。この状況下、中国本土からは不足がちの農業人材の確保という名目で南部農民たちに出稼ぎという触手を広げている。社会の混乱で政権支持率に影響を与えるフェイクニュースによる工作など、気づかないうちに浸透する同化政策を矛盾に感じない国民を「次の香港」にしないため緊張感を持った政権運営ができるか正念場を迎えている。(おわり


09:22

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告