日誌


2015/03/21

POLITICAL ECONOMY 第30号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
実質的国債残高は減少している
                     経済アナリスト 柏木 勉

 国債残高が1000兆円を超え、対GDP比でも200%を超えてきたので「借金で大変だ、大変だ」という声が満ち満ちている。週刊誌並みの言いぐさによればギリシャの様なデフォルト懸念が間近に迫っているとのことである。だが、日本国債は円建てだから仮に緊急事態になっても、日銀が無制限に円を供給できる。ギリシャのケースでは欧州中央銀行が納得しなければユーロをギリシャに供給してくれない。こんな基本的な違いが理解されていない。

 国債残高1000兆円については多くの論点があるが、今回はまず押さえておくべき点についてのみ考えて見たい。

政府と日銀を合わせた「統合政府」で考える

 現時点で最初に確認すべきは政府と日銀は一体のものだということである。政府と日銀はいわば連結決算の同一グループである。親会社が政府で子会社が日銀だ。両者をあわせて「統合政府」と呼ばれる。

 そこで、日銀は国債を大量購入し政府に対する債権者になっているのだが、その分は統合政府という一つの家庭の中で親が子から借金をしているにすぎず、家庭の外から=他人から借金をしているわけではない。従って統合政府内の分では債権・債務関係は成立しておらず、チャラになるのである。

 実際どうなっているかを見ると、日銀が異次元緩和を打ち出して大量の国債購入を開始した以降の推移は以下の通りだ。

データの出所は日銀、財務省。単位は兆円。
        H25/3  H26/3  H26/9  H26/12
国債残高(A)   970   998   1015   1023 
日銀保有残高(B) 128   201    233    256 
実質残高A-B  842   797    782    767

 国債残高は、平成26年末で1023兆円となり、平成25年3月時点との比較では53兆円増加した。しかし、日銀保有残高が256兆円へと128兆円増加した。日銀の保有割合は13.2%から25.0%に拡大している。これによって差引きの実質残高は767兆円となり、75兆円の減少となった。統合政府の借金は大幅に減少しているのだ。

 日銀が政府に「保有国債を償還せよ」と要求することはないし、それどころか日銀は毎年巨額の借換債の直接引き受けを行っている。本年度計画では借換債116兆円のうち10.4兆円を引き受けている。また国債の金利については、形式的には政府が日銀に利払いしている。だが、日銀は自分の決算後にその利払い金を「国庫納付金」として財務省に納めているのだ。だから利払い金は統合政府内で回るだけで、その後は政府予算に繰り込まれ政府支出に貢献しているのである。

日銀保有国債を無期限・無利子国債に転換を

 しかし、このような形式的なやり方は、ことを紛らわしくしているだけである。すっきりと日銀が国債を直接引き受け、かつ保有国債を無期限・無利子国債に転換してしまえばいいのだ。そうなれば256兆円(これはもっと増える)は返済不要であることが国民にはっきりと見えるようになる。日銀の会計上の処理としては、資産側に無期限・無利子国債を、それに対応して負債側に当該国債を購入した代金(日銀券)を計上すればよい(日銀券は一応負債である)。

 直接引き受けについて云えば、すでに日銀は事実上の直接引き受けを行っている。金融機関は国債を引き受けてからほとんど間をおかず日銀に売却している。これは日銀の事実上の直接引き受け(財政マネタイゼーション)に他ならない。しかし、それで問題はおこっていない。

 さて、それでは何の問題もないのかと云えば、そうではない。日銀の市中からの国債購入代金は日銀当座預金に振り込まれている。直接引き受けでは同じく政府名義口座に振り込まれる。これが悪性インフレにつながる可能性はある。それは事実だ。しかし、悪性インフレが実際に起こるのは、大量の日銀券が日本経済の生産能力を大幅に上回る超過需要を生み出した時に限られる。戦前や敗戦直後の悪性インフレは、いずれも軍備拡張や敗戦での生産能力喪失による極端な需要超過が引き起こしたものである。だから需要不足の状態にあるかぎり悪性インフレは起こらない。

 ところで、昨年度以降、日本経済は供給能力の天井に近づいているとの論議が出始めている。それは雇用環境が急速に改善し完全雇用状態にあるのに生産拡大がはかばかしくないことを論拠にしている。つまり、いわゆる日本経済の潜在成長力が低下してきたことが強調されているのだが、筆者はすでに天井に達しつつあるとは考えていない。しかし今後の需給ギャップの縮小ペースには注視が必要である。


09:30

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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