日誌


2015/03/20

グローカル通信 第15号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
雇用改善の中で広がるミスマッチ

                                                 労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 広島県廿日市市の大野瀬戸に立地する工場の周辺は投釣りや散歩コースになっている。厳島の四季の移り変わりのなかで、この半年間に工場にも二つの動きがみられた。一つは石油コークス製造工場で、トラックによる近くの製油所からの原料の搬入と製品の貨物船による積み出しの頻度が高まった。製品は大阪で積み替えられヨーロッパに向かう。作業者に聞くと円安効果とのことである。もうひとつはプラスチック加工工場の閉鎖で、隣の山口県の工場団地に移転した。当初は異動した11人でスタートし最終的には43人体制になるという。廿日市市内から大切な雇用が消えた。また、先月、大手電機メーカーの福山、三原の4工場閉鎖との報道があった。県内の就業・雇用の状況に関心を持った。

非正規雇用は34.6%、この20年間で15ポイント増

 広島県内の雇用者数(2012年10月)は123万8,600人(5年前に比べ2万4,800人の減)、うち男性は69万8,200人、女性は54万400人である。雇用者(役員を含む)中の「正規職員」比率は59.4%、この比率は全国で第18位(男性第9位、女性第28位)である。「非正規職員」比率は34.6%、バブル経済が崩壊した20年前は19.8%、10年前は31.3%であったからこの間、着実に上昇している。この内訳はパートタイマー17.5%、アルバイト7.1%、契約社員・嘱託6.3%、労働者派遣事業所の派遣社員1.8%などである。

  再び雇用者全体に戻って雇用契約期間別(役員を除く)の結果をみると、「雇用期間の定めがない(定年までの雇用を含む)」者は70.2%、「雇用期間の定めがある」者は20.7%である。雇用形態別にこれをみるとパートタイマーの無期雇用と有期雇用は41.3%と43.2%、労働者派遣事業所の派遣社員ではそれぞれ18.1%と67.9%となっている(平成24年就業構造基本調査結果の概要<広島県の概要>平成26年3月 広島県総務局統計課)。

新卒の就職内定率はリーマンショック前を上回る、有効求人倍率も1.36

 足下の雇用情勢は好転している。企業の2015年度の採用予定を帝国データバンク調査でみると、正社員の「採用予定がある」企業は66.8%でこの比率はリーマンショック前の2008年度(63.6%)を上回り、非正社員の「採用予定がある」は50.4%で8年ぶりに5割を超えた(2015年2月調査。回答企業数は244社。回収率47.4%。「広島県2015年度の雇用動向に関する企業の意識調査」2015年3月26日)。 

  広島労働局管内の今年3月卒業予定者の就職内定率も好調である(2月末現在)。高校卒業予定者では97.6%(男性98.6%、女性95.9%)で記録のある1992年以降で最高、同じく大学卒業予定の内定率は85.7%(男子85.5%、女子85.9%)でリーマンショック前の水準を超え、記録のある1995年以降で最高となっている(広島労働局「Press Release」)。

 雇用状況の改善は新卒者に限らない。管内の2月の有効求人倍率は1.36倍(全国で第9位。有効求人数は6万4,146人。学卒を除きパートタイマーを含む。広島労働局「Press Release」)。求人情勢の回復がみられる中で、顕在化しているのは職種別の求人と求職のミスマッチの広がりで、地元新聞の打った見出しは「事務職は狭き門/警備・建設は人手不足」である。広島労働局は「求職者の希望だけでなく、資格や能力を踏まえて職業を薦めたい。人が集まりにくい介護や建設業への就職支援に力をいれる」としている(中国新聞 2014年12月16日)。

 景気回復にともない企業の若者採用への意欲が伝わる。企業には労働関連の法令遵守、教育・研修を重視し新規学卒の「七五三現象」の改善を望みたい。有期雇用の増加は気になるが、パートタイマーや労働者派遣事業所の派遣労働者などが主体であるだけに、みなが無期雇用化を希望しているとは思えない。パートタイマーと通常労働者との均等・均衡待遇の確保、地域最低賃金を上回る水準での採用に期待したい。そして、求人と求職のミスマッチを減らすための地元に密着した情報の充実が求められている。


12:35

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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