日誌


2015/04/03

POLITICAL ECONOMY第31号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
広がるか、医療ツーリズム

                            経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 先日、ある中国人ビジネスマンを神奈川にある大病院を紹介、一緒に医療ツーリズムの説明を聞いた。この中国人は日本の大学に留学後、日本企業で働き、現在は上海の日本企業で医療・介護分野の新規事業を開拓する責任者になっている。新規事業で目をつけたのが中国の富裕層を対象にした医療ツーリズムだ。医療ツーリズムというのは、高度医療や低額医療、健康診断(人間ドック)などを求めて他国を訪れるもので、観光とセットということも少なくない。

 この医療ツーリズムだが、2010年に菅政権の時の成長戦略に盛り込まれた。経産省が提案、国土交通省(観光庁)が乗り、消極的だった厚労省も最後には同意した。同年に「医療ビザ」が新設され、一気にムードが高まったのである。正確な統計はないが現在、100~200の病院で年間1万人弱の外国人の受け入れを行っているようだ。中国、ロシアからが多いと言う。

 世界的に見るとアジア諸国が盛んに行っている。タイ、シンガポール。韓国、台湾、インドといった国々である。2010年の日本投資銀行(DBJ)のレポートによれば、タイは06年で140万人、シンガポールは07年で57万人受け入れている。両国とも心臓、がん治療が中心だ。インドも心臓、肝臓移植などで07年に45万に受け入れている。こうした流れの中で日本も力を入れ始めた。

 DBJによると、日本における2020年の医療ツーリズムの潜在的な市場規模は、受け入れ人数で42万5000人、観光を含む医療ツーリズムの市場規模は5507億円、経済波及効果は2823億円と見られる。

自由診療分野を強化

 病院の説明では、2012年に開始、現在、受け入れている外国人は1日3~7人、月90人弱で、大半が健診(人間ドック)である。JTBと組んでスムーズな受け入れをはかっているという。医療ビザを取得や飛行機、ホテルの手配などはJTBが受け持つ。医療ビザの取得には保証人が必要となるが、JTBが引き受ける。さらに送り出し病院との連携(帰国後の治療も含め)、事前の問診票の記入、などを行う。医療を理解している通訳は病院が手配する。医療ツーリズムのポイントは、患者とのコミュニケーションが十分とれているかどうかにあるので、事前、事後の部分が非常に重要と言う。ちなみにJTBの担当者は、同病院に常駐している。医療ツーリズムで来るのは、やはり中国、ロシアが多いそうだ。

 なぜ海外から医療ツーリズムを受け入れるのか?この問いに担当者は「病院間の競争は激しくなると思う。将来を見据え、自由診療分野にも力を入れている」と答えた。そもそも人間ドックは診療行為ではないので全額患者負担で消費税もかかる。海外からの外国人の治療は自由診療である。料金が高い個室や医療機器の回転率が良くなるだけでも収益率は上がる。病院経営は、非営利だが産科や小児科のように赤字部門も抱えている。全体として黒字にもっていくためには、こうした部門を強化せざるをえないのだろう。

 同病院は全国展開しているグループの拠点病院。担当者は「(グループとしては)中国から近い沖縄の病院も力を入れている。また秋には成田空港近くに病院を開設する。中国から日帰り健診も可能」と話していた。

 問題は、病院がこうした分野だけに熱心になると医療は歪んでくることだ。日本医師会は、外国人患者の受け入れには賛成だが「営利企業が関与する組織的な医療ツーリズムには反対」(社会保障審議会医療部会2010年10月15日提出資料「国民皆保険の崩壊につながりかねない最近の諸問題について-混合診療の全面解禁と医療ツーリズム-」)という立場だ。病院経営が営利優先になり、裕福な人だけがいい医療を受けられるように
なり、医療格差は広がることを懸念している。

 地方の大学病院なども医療ツーリズムに力を入れているので、今後、受け入れ人数は増えていくだろう。ただ、通訳などの受け入れ体制構築やノウハウの蓄積を考えると、DBJの予測ほどのびはむずかしいのではないか。


22:41

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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