アベノミクスは破綻したが、物価は上がっている
経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
9月の消費者物価上昇率が2か月連続で前年同月比-0.1 %になったことで、政府・日銀が目標としている2%の達成はむずかしくなった。黒田日銀総裁は10月30日の金融政策決定会合後の記者会見で、2%達成は2016年度後半とまたまた先延ばししたが、他方で「基調は確実に高まり、2%に向けて上昇率を高めている」と強気の姿勢を崩していない。強気の根拠となっているのが、日銀が独自に作った指数である。この指数は上昇基調をとっているからだ。
消費者物価指数は、総務省が毎月発表している。総合指数(CPI)、生鮮食品を除いた指数(コアCPI)、食料とエネルギーを除いた指数(コアコアCPI)の3つである。政府も日銀も「消費者物価上昇率2%達成」という時には、コアCPIを用いてきた。
ところが黒田総裁が示した指数は、生鮮食品とエネルギーを除いている。いうまでもなく、これは原油価格の急落の影響を除けば物価高は続いていると言うためである。ここでは一応「日銀独自指数」と名付けておこう。
ご都合主義の「日銀独自指数」
この「日銀独自指数」を見ると2014年2月に0.9%をつけてから徐々に下がってきたが、2015年1月と2月に0.4%で下げ止まり上昇に転じた。9月は1.2%と異次元緩和後、もっとも高い上昇率を記録している。逆に日銀が指標としてきたコアCPIは、2014年5月に1.4%を記録してから急激に下落しているのだ。言うまでもなくこれは「原油価格が50%も下落するという予想外のことが起こった」(麻生財相の発言)からである。
しかし、だからといって別の指数を作って「物価の基調は高まっている」というは、ルール違反である。都合悪くなったら「こっちの物差しを使って!」というやり方は、どこの世界でも通用しない。しかも、原油価格の暴落が理由なら、2013年4月ころからの上昇は、原油価格の高騰が大きな要因に
なっている。この時は「予想外」とは言わなかった。都合の悪いときだけ原油価格を理由にしているのである。
異次元緩和後に物価が上昇したが、これは円安で輸入品価格が上がったためである。日銀が国債を大量に買い、資金供給(「異次元緩和」)すれば物価は上がるという「インフレターゲティング政策」によるものではない。現下の日本経済においては、物価は原油価格の高低と為替動向で決まるということなのである。2年をメドに2%達成というアベノミクスの1丁目1番地は、現実問題としてまた論理的にも破綻したと言えるだろう。
アベノミクスは看板倒れ
さて、日銀は確かにズルをしたのだが、日銀を非難するだけですまないのは、物価が上昇している「日銀独自指数」の方が、生活実感に近いからである。
というのは、実は物価はデフレ時代においても生活関連費を中心にゼロ%に近いマイナスか、プラスであった。パソコン、テレビなどの耐久消費財の下落が平均を下げていたのだ(この点はPOLITICAL ECONOMY第2号で触れた)。今回も下落する原油価格が平均の引き下げ役となっており、似た構図になっている。
消費者マインドが冷えているので、値上げと言ってもバターのように一箱の重さを減らすとか、これまで1パック200mlだった牛乳を190mlにして売る(事実上の値上げ)などのケースが多い。正面きって値上げできないのだろう。
物価が上がり、賃金がさほど上がらなければ消費が冷えるのは当たり前である。実質賃金は7月から2か月プラスに転じたが、これは物価上昇率が賃金上昇率を下回ったからである。
さて7-9月のGDPは2四半期連続でマイナスとなりそうだ。となると15年は2年連続でマイナス成長となる可能性が高まる。安倍政権後のプラス成長は、公共事業と消費増税前の駆け込み需要という厚化粧で1.6%増を達成した13年だけとなる。「物価が上がれば経済が活性化する」というアベノミクスの基本的考えの間違いが、はからずも立証されたことになる。看板倒れだったわけだ。個人消費を増やすには、物価を安定させることが必要であり、そのためには、金融緩和を停止する必要があることもまた明らかになったのではないか。