日誌


2013/09/25

メルマガ 第16号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
新自由主義イデオロギーとマルクス経済学の危機
                              横浜市立大学 金子文夫

 ソ連崩壊、冷戦構造の終焉以降、日本の大学の経済学部においてマルクス経済学の地位は激しく凋落した。それ以前は、近代経済学とマルクス経済学が経済理論の二大潮流であり、理論分野、応用分野、歴史分野で両系統の科目が並立した状態であった。1990年代以降、社会主義体制の衰退と並行して、まず理論の分野でマルクス経済学系の科目が消去されていった。新自由主義イデオロギーが優勢になるなかで、マルクス経済学に対する学生たちの関心が低下し、講義・演習の受講者が減少していったことが大きな要因であった。

 とはいえ、理論分野を除けば、応用経済学(国際経済、労働経済、財政学など)、さらに経済史、経済学史などの科目では、マルクス経済学を学んだ教員たちが担当する場がそれなりに確保されていた。マルクス経済学系の若手研究者は、理論分野では大学に職を得られないとみて、応用あるいは歴史分野に専攻をシフトしていった。それゆえ、研究者の再生産過程は確保され、学会活動も基本的に維持されていた。

新古典派経済学が支配的になる大学の経済学

 しかし、大学教育の世界標準を日本に導入するという最近の高等教育政策の展開のなかで、この状況に大きな変化が生じる可能性が生じてきた。文部科学省が大学教育の質保証を図る目的で、日本学術会議に対して、「分野別の教育課程編成上の参照基準」作成を要請したからである。これは大学教育における「学習指導要領」の作成にほかならない。学術会議は分野別委員会にこの作業を依頼し、すでに経営学、法学などの分野では一応の取りまとめがなされているようである。学術会議経済学委員会では参照基準検討分科会(委員長・岩本康志東京大学大学院経済学研究科教授)を2012年12月に発足させ、現在までほぼ月1回のペースで検討を進めている。

 問題は、検討分科会のメンバー構成であり、作られつつある参照基準の内容である。メンバーは理論分野で主流となっている新古典派経済学系で固められ、参照基準としては、新古典派の経済学体系が採用される見通しである。すなわち、カリキュラム体系として、基礎科目(ミクロ経済学、マクロ経済学、統計学)、準基礎科目(財政学、金融論、国際経済学)、発展科目(公共経済学、産業組織論、労働経済学など)、補完的科目(経済学説史、経済史、制度経済学など)といった階層構造が想定されている。これにより、理論分野のみならず、応用分野でも新古典派が支配的になっていくことは間違いあるまい。また、理論体系になじまない歴史、制度、思想などにかかわる分野は周辺化され、場合によっては排除されていくであろう。この結果、就職を意識した若手研究者はますますマルクス経済学から離れ、この系統の研究者の再生産はきわめて困難になると予想される。新自由主義イデオロギーが大学教育、経済学教育を染め上げていく事態とみてよいであろう。

 このような状況に対して、理論経済学会、進化経済学会等から意見書が提出され、有志による是正を求める全国教員署名も開始された。その主な論点は、新古典派経済学は、18世紀後半以来の経済学全体の歴史からみれば一部の学派にすぎず、すべてがこれに収斂されるものではない、現実世界をみれば、新古典派経済学は限界をもっており、それと違う立場の経済学を排除すべきでないという主張である。しかし、こうした異議申し立てが参照基準の修正をもたらす可能性は少ない。

知的資産としてのマルクス経済学

 戦前、戦後、現在に至るまで、日本の社会科学研究の世界においてマルクス経済学は存在意義をもち、社会批判の役割を果たしてきた。この知的資産が消滅してしまうとすれば、日本の社会科学、ひいては日本社会の衰退にいきつくのではないだろうか。



10:47

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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