日誌


2013/08/30

メルマガ 第14号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
貿易収支赤字の固定化と社会インフラ輸出
                     グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢 

  安倍晋三首相は10月29日、トルコのボスポラス海峡の海底トンネルの開通式典を出席した。日本政府が円借款を供与し、大成建設が難工事の末に完成させた世界最深の海底トンネルの完成を祝して、安倍首相は「次は東京発イスタンブール、そしてロンドンにつながる新幹線が走る夢を一緒に見よう」と挨拶した。

 これを伝えるテレビニュースを見ていて、「えっ?」と思った。この海底トンネルを使って運行するトルコ国鉄の地下鉄の車両は韓国製だというのだ。日本は、また負けた。

 しかし、朝日新聞によると、安倍首相のトルコ訪問にあわせ、トルコ政府と三菱重工業の企業連合は、原発受注で正式合意した。また、トルコ運輸相が日経新聞のインタビユーに応えて、高速鉄道網の整備計画への日本勢の参加を促し、宇宙分野でも日本と協力を進める考えも表明したという。原発は、4基新設で総事業費は220億㌦(2兆円超)になるという。地下鉄車両260両とはケタが3つ位違う大型案件で、安倍首相が開会中の国会に休暇届けまで出して駆けつけたのは、このトップセールスのためだとすれば、総理の仕事として新しいフロンティアを切り拓いたことになる。 

 それにしても、日本は地下鉄車両で負けて、原発で勝つのか。経済学は、原発は世界市場での競争力が比較優位にあり、地下鉄車両は比較劣位だからだと説明する。 財務省が発表した9月の貿易収支は9321億円の赤字となった。貿易赤字は15力月連続で、これは1978年の第2石油危機の時の14力月連続を抜いて過去最長である。

輸出減の主因は電機、自動車など3大産業の競争力低下

  今回の貿易赤字の最大の原因は、東日本大震災の原子力発電所の稼働停止に伴い、発電用の液化天然ガス(LNG)の輸入が大きく膨らんだこと。過去にも、エネルギー輸入が貿易赤字の主因になったことがあったが、その度に電機、自動車などの輸出が伸びて貿易黒字を確保してきた。しかし、今度は様子が違う。

 我が国の年間輸入は71兆円、輸出は64兆円。輸入のうち35数兆円が食料品と原油・液化天然ガス、原料品で占める。一方、輸出は自動車、電機、機械の3産業で38兆円。この輸入の3大品目と輸出の3大産業が、それぞれの5〜6割を占めており、これが貿易収支のコアである。このコアの輸出が伸びれば貿易収支は黒字になり、コア輸出が減ればその分赤字になる構造で、今その赤字構造が固定化している。

 その主因は、コア産業の世界市場における競争力の喪失である。例えば、薄型テレビはこの今年1〜7月の輸出額は約101億円で、輸入額の10分の1程度に過ぎない。スマートフオンも大半が中国などからの輸入で、市場に出回る米アツプルや韓国サムスンも製造は中国、ソニーやシャープもベトナムなどの現地工場や台湾系EMS(電子機器製造委託会社)からの輸入で、電機産業は今や比較劣位産業になっている。自動車は、輪出が円安効果で今のところ比較優位産業ではあるが、新興国の売れ筋のディーゼルガソリン車の3000〜5000㌦(30〜50万円)の小型車市場では、VW、GM、フォード等の欧米勢や韓国車の後塵を拝している。トヨタレクサスなどハイブリット車はまだ比較優位にあるが、このままでは過剰品質・高価格のガラバコス化で、いずれガラケーと同じ道を辿ることが必至である。

社会インフラ輸出に活路 

  貿易立国ニッポンの再生の道として、政府は新興国の膨大な需要を積極的に取り込む「積極的な通商関係の構築」を掲げている。具体的には社会インフラシステム輸出、クールジャパン(食と農、ファッション)、ジャパンコンテンツなどであるが、これらで自動車・電機の輸出減を代替するには力不足で、本命は大型案件の社会インフラしかない。

 前回の経済分析研究会で、講師の白川浩道氏は、社会インフラ輸出の有望分野として原発をあげておられたが、これに賛成するのは参加者の中で筆者一人くらいだろう。理由は、日本が原発で絶対的な比較優位産業だからだ。しかし、こうした考え方には世論が厳しくとうてい受け入れそうもなく、だが世界市場では現実が進行している。世論の風向きをとるか、経済合理性を貫くか、政治が決断すべきだ

15:29

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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