日誌


2017/10/25

POLITICAL ECONOMY 第105号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
きれぎれの感想—北朝鮮、藤原定家、「刑事フォイル」—
                                
                                                                               経済アナリスト 柏木 勉
 
  北朝鮮問題で、この1年間は大騒ぎだった。今後もしばらく騒ぎは続くのだろう。そこで、藤原定家「明月記」にある有名な一文を紹介したい。

世上乱逆追討耳ニ満ツトイエドモ、之ヲ注セズ。紅旗征戎我事ニ非ズ。 
                          定家

 カッコいいですね。声に出して読んでください。素晴らしい。これは驚いたことに定家19歳の時に記したもの。読者諸氏よ、これでいかなくちゃいけません。

 北朝鮮の乱逆、北朝鮮に対する追討、紅旗はトランプ・安倍だ(御両人じゃ、とても紅旗などという高貴な2人じゃないが)。戎は北朝鮮。「征戎!征戎!」。 馬鹿馬鹿しい。そんなことは「我事ニ非ズ!」。

続くアジア的専制国家の系譜

  ただ、わたくしは凡人なので全く「之ヲ注セズ」と言い切れないので、多少の感想を述べさせていただきます。

  北朝鮮の体制はわたくしの推測するところ(というのは、殆んど北朝鮮の実態をしらないからです)、アジア的専制国家だと思う。朝鮮中央TVなどに出てくる太っちょおばさんや男性アナの口調を聞くと、戦時中「戦果」をガナっていた「大本営発表!」の金切り声と同じです。また個人崇拝が依然として続いており、権力中枢内部での粛清も繰り返されています。粛清を確かめるすべを持っているわけではありませんが、事実だろうと思います。

 この場合のアジア的専制国家とはかってのソ連、中国、カンボジア等々を含みます。ソ連は、レーニン、トロツキーのアジア的専制に関する認識が希薄だったため、スターリンが権力を握ってスターリン主義のもと、アジア的専制に戻ってしまった。現在のロシアもプーチンの人気ぶりを見るとアジア的専制の系譜を色濃く引きずっている。中国も毛沢東による「大躍進」、「文化大革命」を見ると、アジア的専制であったと言わざるをえません。改革開放以降は市民社会が徐々に形成されていますが、依然として共産党独裁(プロレタリア独裁にあらず)というアジア的専制の系譜の維持に必死です。(注、封建制が存在した日本と存在しなかったロシアや中国、朝鮮を一緒にしてはいけませんが、ここでは難しい議論は置いておきます)

 これらの「共産圏」の中心地域は社会主義国を自称し、共産主義をめざすとしたが、それだけの基盤は存在しませんでした。その理由は、一言でいうと、近代的個人が形成されなければ社会主義の形成は不可能なのです。ここが難しいところで、近代的個人は資本主義という人間を疎外するシステムのなかで生まれてきたものであり、いわゆる資本の文明化作用の中で生まれてきたものです。だから資本主義を通過しなければ社会主義は不可能という結論になるのか否か。この点の議論もここでは省きます。

 とにかく現在の北朝鮮、中国、ロシア等々の体制は変革しなければならない。無論、資本主義国に対しても同じですが。

 しかし北朝鮮への対応では、ここまできてしまったからには当面は金正恩体制を保障することを確約し(特にセルビアやイラク、リビアでの米国、NATOの爆撃の様な不当な攻撃はしないこと。それを保証する)、これ以上の核開発凍結をとりつけるしかないと思われます。そのうえで時間をかけて改革開放路線に転ずるよう、日本をはじめとした近隣諸国、先進国が努力を重ねること。それによって徐々に市民社会の形成を促すことが必要。

問われる健全な市民層の形成

 ところで、北朝鮮をめぐって日本中がマスコミをはじめとして一斉に大騒ぎになるのはなぜか?それを考えると、日本社会はポストモダンどころか、依然としてモダンにも到達していないのではないか? 何か事がおきると皆一斉に同じ方向に流れる。これは戦後何度も指摘されてきた事ですが、いまだに日本社会が健全な市民社会になっていないことを示しています。「多様な働き方」などと云っていますが、なにか事がおきると多様も何もあったものではない。それが露呈しました。
 
 そこで大いに参考になるのが、NHK・BSで放送(今は再放送)中の「刑事フォイル」です。これは第2次世界大戦中の英国の刑事の活躍を描いたものですが、国は大戦争の真っ最中ですが、英国市民社会は大戦争一色に染まっていないことをはっきりと示しています。健全な市民層、中間層がファシズムやアジア的専制のハドメになることがわかります。

 最後に、最初に戻って、わたくしは今にも戦争が始まるかの様なこの大騒ぎは馬鹿騒ぎ・空騒ぎだと思っています。なぜかといえば、なによりも戦争が始まったら日本国民にも膨大な死者が出る。膨大な死者がでるのに国民の生命と安全を守ることになるのか。戦争などできないことは、始めからわかりきったこと。だから色々あっても対話に行きつくしかないこともわかりきっている。

「日本国を守れ」?「日本の国民の生命と安全を守れ」?
 曖昧模糊とした抽象的な「国」や「国民」とは? 具体的には何を守るのか?それが具体的に意味するところは、「資本が支配するシステムを守ること」、「支配するものと支配されるものが存在する体制を守ること」に他ならない。

 だから馬鹿馬鹿しいスローガンと大騒ぎは「我事ニ非ズ」です。


19:19

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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