日誌


2017/12/29

POLITICAL ECONOMY 第109号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
熊本で生まれたフィランソロピー 
                                     元東海大学教授 小野 豊和

熊本は日本赤十字社 発祥の地

 西南戦争(明治10年2月15日に西郷隆盛が挙兵)において薩軍、官軍両軍の戦傷者救済のため、同年5月3日、日本赤十字社の前身である「博愛社」が熊本の地で誕生した。設立請願に当っては佐賀出身の元老院議員佐野常民の尽力があった。佐野常民は敵味方に関わらず傷者は救うべしと、明治政府に働きかけたが理解が得られなかったので大阪鎮台病院に収容中の負傷兵慰問のため京都行幸中の明治天皇に要請しようとするも叶わなかった。そこで戦場に赴き征討総督有栖川宮熾仁親王に拝謁、直訴の結果ようやく允許(いんきょ)を得た。拝謁場所は洋学校教師館ジェーンズ邸(当時は熊本城内)でこの地が日本赤十字社発祥の地とされている。佐野常民は「敵人の傷者といえども 救い得べき者はこれを収むべし」と宣言、日本人として初めて世界に向けて宣言した普遍的な誓いである。博愛社の誕生は、人類共通の崇高な「赤十字思想」つまり「傷ついた兵士は兵士ではない、人間である」という、国や宗教を超えて人間誰しもが持っている人の命や尊厳を大切にする思いと、困っている人を救おうという思いやりの心に気づき実現させたのである。

「赤ちゃんポスト」が約130人の命を救ってきた

 時代が変わり2007年5月10日、熊本市の慈恵病院に「赤ちゃんポスト」の通称で知られる「こうのとりのゆりかご」が開設された。出産したが諸般の事情で育てることができない子の命を救うためドイツの例に倣って熊本の地に誕生した。望まない妊娠、あるいは子が生まれても育てることができない母親の最後の砦として、匿名で子を託された「こうのとりのゆりかご」が10年経過、約130人の命を救ってきた。子を預ける理由としては、生活困難、親の反対、未婚、不倫、世間体・戸籍、パートナーとの関係、養育拒否、育児不安・負担感(2011年から追加)などがあり、下の表が熊本市の統計(開設後7年間、2010年から複数回答)である。「生活困難」が一番多く、2番目に多い「未婚」、「世間体・戸籍」は望まない妊娠の結果とも思われる。
 「子捨ての助長につながる」などの批判もあるが、病院側はあくまでも緊急避難的な措置であるとし24時間体制で利用前の相談の重要性を訴えている。親権者が特定できない場合は市長が名づけ親となり戸籍が作られ2歳になると養護施設に移す。子にとって実の親を知る権利を守る観点から、今年になって「内密出産制度」の導入を進めようとしている。16歳になったときに生みの親を知る事ができるよう、病院として親情報を確認する制度の導入である。

八代で新モデルの児童福祉施設を展開

 新年明けてから、友人が園長を務める「八代ナザレ園」を訪ねた。社会福祉法人児童養護施設で、シャルトル聖パウロ修道女会が運営している。DV(家庭内暴力)やネグレクト(育児放棄)などが原因で被害を受けている子の保護が目的で、2歳から18歳までの子どもを預かり、家庭的な雰囲気のもとでの生活の場を提供し、子どもたちはここから地区の学校に通っている。親元で刷り込まれた悪夢のような厳しい記憶からの解放によって、豊かで優しい心根を持つ子どもに生まれ変わるようシスターと職員たちが親代わりの愛情を注いでいる。一方、保護した子どもたちのケアだけでなく、親としての責任と自覚を促すための“親教育”を定期的に行い、親子が良好な関係となるよう指導している。 

 八代ナザレ園は明治33年の創立で平成27年の創立115周年を機に、伝統的な大舎制・集団養護から、6~8人を1ユニットとし平屋と2階建の2タイプをL字型に連結した1つの住棟の「児童棟」6軒と管理棟1軒の新園舎を完成させた。

 人手不足は八代も同じで、園長の懸念材料は、養護スタッフの絶対的不足、勤務体制の見直し、経験の浅いスタッフの孤立化による心身の負担増などだが、小規模グループケアを実現するために考案されたユニットは、大舎時代のセントラルキッチン調理スタッフを各ユニットに配置することにより「数」の問題に対応しつつ「食」の水準を維持している。また2つの家庭的な子どもの生活領域を自立・完結しつつ、ユニット双方へのスタッフ動線を確保し、夜間はユニット相互間の養育上のバックアップを可能にし、少ないスタッフによる宿直勤務を実現した。全館地場産の檜無垢のフローリング、八代産藺草の畳表、採光・風通しへの工夫など児童養護施設の新しいモデルを提案している。

 安倍政権は教育の無償化法案を上程、教育に関わる親の負担軽減を推進しようとしているが、金銭的支援に重点が置かれ、博愛の基本理念、人間の尊厳、正常な親子関係の構築・維持の思想が議論されていない。熊本の地で生まれたフィランソロピーを今一度全国民が考えて欲しい。


09:50

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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