日誌


2018/01/11

POLITICAL ECONOMY 第110号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
18春闘本番、「ベア1%」のハードルは高い 
                                                 グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 トヨタ自動車、日立製作所など大手労働組合が2月14、15日、賃金引き上げ要求書を会社に提出、18春闘が本番を迎えた。18春闘の特徴は、なんといっても安倍首相が年初に自ら議長を務める経済財政審問会議で、春闘において「3%の賃上げ」を労使双方に要請したことである。

 これでマスコミの春闘報道は俄然賑やかになっている。とりわけ日本経済新聞は、「政府が求める『3%の賃上げ』に積極的に応える企業が目立っている」(「3%賃上げ『内需型』前向きに」1月27日付)と、安倍首相の「3%の賃上げ」に協力的な姿勢をとっている。例えば、アサヒグループは傘下の中核企業アサヒビールで定昇と昇格・昇給で3%賃上げを見込む方針を固め、サントリーも基本給を引き上げるベアと定昇を合わせて3%の賃上げを目指す。総合スーパーのライフも3%の賃上げの方針を表明し、花王はトータルで3%の可能性を固めている。

 これに対して毎日新聞は、賃上げを求める「官製春闘」の5年目“圧力”を受け、経団連も「従来よりも踏み込んだ呼びかけを行っている(榊原会長)というが、3%への道のりは遠い」(「賃上げ遠く 労使間に隔たり」1月23日付)と、安倍首相の目論見に批判的な報道に傾いている。

 これらの新聞記事を読んで、賃金交渉に携わった経験のある人なら、政府の「3%の賃上げ」とはいったい何を指すのだろうかと、その内容に疑問を抱くだろう。安倍首相が言う「3%賃上げ」とは、「企業は高収益の割には賃上げ意欲が鈍く、働く人への利益分配を強化する」ものだと、政府は説明している。だが、内閣府の役人に話を聞いたら、3%の中味は「定期昇給分2%+ベア1%の3%の賃上げだ」と教えてくれた。その上で、連合は「ベア1%を取れますか」と聞かれたので、「それはとうてい無理だ」と答えておいた。

「ベアゼロ春闘」から脱したが春闘の景色は変わった

 ベア3%を連合の要求に沿って引き直すと、「定昇2%+ベア1%」のことだ。3%と言っておいて、「ベアはたった1%なんて、安倍首相の詐欺だ」と言うなかれ。連合の神津会長は、1月22日の経団連主催の労使フォーラムで、「首相は3%と言っているが、それが上限と考えられたら困る」と述べ、さらなる賃上げを要求している。しかしながら、連合の今春闘の交渉力からして、ベア1%だってハードルが高い。
 
 連合春闘を振り返ると、2002年の春闘でトヨタ自動車が史上最高の利益1兆円をあげるも、当時の奥田経団連会長の一喝で「ベアなし」に終わって以降、「ベアゼロ春闘」が定着してきたが、2014年のアベノミクス・政労使会議の下での春闘でベアが復活した。12年ぶりにベアゼロの長いトンネルから抜け出したら、春闘の景色は一変していた。

 それから5年の連合春闘の経緯をまとめた次の表をみれば、その景色がわかる。

 アベノミクス・政労使会議下の14春闘は、要求「2%以上」で回答(定昇+ベア)は2.07%、うちベア0.37%を獲得した。ただこのベア0.37%は平均賃金要求方式の組合の集計で、自動車・電機の大手組合が含まれていないので、これを含めて推計したのが下から2段目のベア推計で、これだと0.5%を獲っている。次の15春闘では、ベアが0.65%にアップ、このままいくと2年くらい先には1.0%に届く上げ潮に乗っていた。ところが16春闘で、春闘相場に決定力を有する自動車・電機の大産別から業績懸念の圧力が強まり、連合は要求を2%の「以上」から「以下」に変えた。これを要求額で見ると自動車総連・電機連合は共に6000円から3000円にダウン、要するにそんなに賃金をあげないでくれ、半額でいいということである。結果はその通り、ベアは0.36%に半減の「半額春闘」になった。さらに昨17春闘は同じ要求で、ベア0.3%まで落ち込んでしまったのである。

なぜ連合は要求引き上げに逡巡するのか
 
 さて、18春闘の連合要求は昨年と変わらず、また自動車・電機の要求額も同じだから、安倍さんが「3%の賃上げ」を要請していることに、微かな望みをかけるしかない。それなら、新年早々の安倍首相の賃上げ上げ要請した時に、主要産別・主要単組の春闘要求は未だ機関決定前だったのだから、即座に連合は要求を「程度」から「以上」に戻し、JCM(金属労協)系産別は要求額を6000円に戻す要求組み直し論議をするチャンスがあったのである。

 それを逃しまった連合には、ベア1.0%のハードルは高すぎる。17春闘では、トヨタがベア要求3000円で結果1300円(0.35%)、同じく日立が3000円で1000円(0.32%)との落差は大きすぎる。だとすると、ベアが復活した4年間の最高点である15春闘の0.65%、個別の額だとトヨタで4000円、日立で3000円あたりを狙い目に(それでもハードルは高いが)、そこから1.0%に向けてどこまで上積みが期待できるかである。

 それにしても、どうして連合は要求を引き上げることに、ビビるのだろうか。これに一番がっかりしているのは安倍首相だろう。


10:58

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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