日誌


2024/08/14

POLITICAL ECONOMY第267号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日銀は金融正常化に向けた歩みを止めるな
                             経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
 
 8月初めの東京株式市場の大暴落は、日銀が金利を引き上げたためだとして一部に日銀叩きが出ている。「まだその環境にない」、「円高を招いた」等々。しかし、インフレ局面に入っている日本経済の現状を考えれば、金利引き上げを伴う「金融の正常化」は必要不可欠なはずだ。しかも行き過ぎた円安を是正し輸入物価を安定させ、個人消費を上向かせることは喫緊の課題だ。日銀がここで逡巡しては日本経済の先行きは暗い。

 日経平均が8月2日(金)に2216円、続く月曜日の4日には4451円という88年のブラックマンデーを上回る大暴落を記録した。翌5日は3217円と暴騰、その後は乱高下を繰り返している。

 株式市場の大暴落の要因は、確かに日銀が金融政策決定会合で政策金利を0.25%に引き上げたことであるが、それ以上に大きかったのはアメリカの雇用統計の悪化を受けアメリカ経済の先行きに懸念が広がったことだ。下落した株式市場は2日続けてパニックになってしまった。売りが売りを呼び最後は「狼狽売り」が生じ、歯止めが効かない事態となった。

「円安バブル」がはじけた?!

 日経平均は2月21日に、バブル期の89年につけた最高値(3万8915円)を更新、7月11日には4万2224円まで上昇した。年初から8936円も上昇、上がり過ぎという評価から調整局面にあった。市場参加者は、いつか下落するのではとビクビクしていたので、ある意味では来るべきものが来たともいえる。

 株高を後押ししたのは急激に進んだ円安だ。7月3日に記録したドル円相場は1ドル=161.9円である。これは年初に比べ12.6%、23年の年初に比べ23.2%も円安が進んだ。円安で輸出型企業の業績が上がり、株が上昇したのである。まさに「円安バブル」であった。

 しかし、行き過ぎた円安で物価が高止まりし実質賃金は一向にプラスにならない。行き過ぎた円安是正に動けという世論は強まっていた。日銀の金利引き上げの実施は7月か9月というところまで来ていたのである。

 そこで政治の動きがあった。岸田首相は7月19日、長野県軽井沢町での経団連での夏季フォーラムで「『金融政策の正常化が経済ステージの移行を後押しする』」と強調した。デフレから成長型経済に移ることで『金融政策のさらなる中立化を促す』」(日経新聞7月19日付)と発言している。

 さらに自民党の茂木幹事長も7月22日の講演で、「段階的な利上げの検討も含めて金融政策を正常化する方針をもっと明確に打ち出す必要がある」(日経新聞7月23日付)と、踏み込んでいる。

 9月は自民党総裁選がある。利上げは株式市場の下落材料となる。できれば9月は避けて欲しいというのが官邸や自民党の本音だっただろう。「この(岸田首相の)発言がゴーサインだったのでは」という政府関係者の見方をロイター(8月2日付)は伝えている。

 いずれにしろチャンス到来と植田総裁は政策金利を0.25%に引き上げた。筆者はこの判断は正しかったと思う。物価上昇の高止まりで国民生活は疲弊し消費が低迷している。賃金が上がってもそれ以上に物価が上がれば消費は増えない。円安を是正し物価上昇を抑えることが第一義的課題だったことは間違いない。

 利上げに対して株式市場は大きく反応した。金融引き締めは「タカ派」、緩和は「ハト派」と名付け、「ハト派」は株の押し上げ要因と考えるからである。しかし、日銀による金融政策は株式市場のためにやっているわけではない。

 問題は株価暴落で息を吹き返したリフレ派だろう。円安は日本経済にとって千載一遇のチャンスととらえ、輸出を促進し得た利益を賃上げに向ければいいと旧態依然とした主張を行っている。利上げには消極的で量的緩和は継続すべしという考えである。7月の金融政策決定会合で反対票を入れた委員が2人いる。そのうち野口旭氏(専修大学教授)はリフレ派の論客として知られる。

 そもそも大規模緩和とマイナス金利の異次元緩和政策は経済がデフレの時の政策で、インフレに移行した局面では有効ではない。事実、行き過ぎた円安は物価上昇を招き、消費低迷の大きな要因になっている。

個人消費は回復していない

 8月7日に公表された6月の実質賃金がプラスとなった。さらに15日公表の4-6月期のGDP速報では、前期比年率換算実質で3.1%増となった。植田総裁はこうした情報を察知して、「行ける!」と判断したのかもしれない。7月31日の金融政策決定会合後の記者会見で「個人消費は物価上昇の影響などがみられるが、底堅く推移している。先行きは賃金・所得の増加が個人消費を支えていくと判断した」と楽観的な見通しを語っている。

 しかし、4-6月期の実質家計最終消費支出は289.7兆円で、過去最高の14年1-3月期の303.7兆円を未だに超えていない(図参照)。14年1-3月期は消費増税前の駆け込み需要があったので、次の13年7-9月の297.9兆円と比べても劣っている。ちなみに実質家計最終消費支出が280兆円台になったのは、2005年7-9月期である。何と19年前のことだ。4-6月期の実質家計最終消費支出は前期比で1.0%増となったが、前年同期比では-0.2%だ。個人消費は回復したとはいえない。

 まずは行き過ぎた円安を是正し物価を安定させることが先決だろう。そのためにも金融正常化の歩みを止めるべきではない。


07:54

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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