脱「異次元緩和」なるか
経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
日本銀行は9月20日と21日に開く金融政策決定会合で、3年半経っても効果が出ない「異次元緩和」について総括的な検証を行う。2%の物価上昇率は、このところマイナスが続いており、「デフレに戻った」という見方も出ているほどだ。これまでの強気一辺倒では事態を切り開くことができなくなったということなのだろう。
見直しの焦点は3つある。ひとつは量的金融緩和を緩めるという方向性を打ち出すかどうかである。昨年、IMFの研究員が論文の中でこのまま国債を買い続けると17年には行き詰まるという見方を示したが、国内でも元日銀副総裁の岩田一政氏(日本経済研究センター理事長)が同様の見方を示している(産経新聞7月7日付け)。
今年に入って始めたマイナス金利(マイナス0.1%)も、金融機関の経営を圧迫していることもあり、さらなる深掘り(マイナス幅を拡大)は厳しい。また、7月末に購入額を倍増したETFは、ニッセイ基礎研究所のレポートによれば、日銀の推定保有割合が1年後に20%を超える企業が出るという。「企業経営への弊害も想定される」との指摘すら出ている。どの政策も行き詰まりを見せているのだ。
しかし、こうした行き詰まりがあるからと言って容易に方向転換できないのも事実だ。「量的緩和で2%物価上昇率達成」というのは、13年1月の政府と日銀の協定で決められたものだ。何よりも黒田氏は安倍首相の肝いりで日銀総裁に就任した経緯がある。官邸の意向を無視して何か決められるわけではない。そもそも方向転換は自らの政策の誤りを認めることであり、責任問題に発展しかねない。それだけは避けたいところだ。
ふたつめは、「異次元緩和」で打ち出した2%の物価上昇率を「2年で達成」としていたが、達成時期明記を外すかどうかである。これまでに3回先送りして現在は「17年度中に達成」となっている。これを「なるべく早期に」とか「遠くない時期に」など時期を明記せず、中長期の課題とすることが考えられる。政府と日銀の協定には2年という表現はない。したがってこの点は日銀だけで決められるのだ。しかも、達成時期撤回は「異次元緩和」の方向転換を打ち出さなくても行うことができる。
玉虫色の決定で市場にメッセージ
三つ目は、年間80兆円というマネタリーベース増額のために行っている80兆円の国債購入措置の見直しである。これを70兆円というように明確に減らすことになればテーパリング、出口戦略の一環と認識される。2%達成どころかマイナスに陥った物価情勢の現状での縮小なので、当然「異次元緩和」は失敗だったということになる。
しかし、いつまでも80兆円もの国債購入を続けることも厳しい。そこで考えられるのが「70兆円から90兆円の幅で」というような玉虫色の案である。現行の80兆円にも「約」という冠がついている。この「約」を具体的に明記しただけで、表向きは量的緩和の姿勢には変わりないと言うことができる。13年4月の決定ではマネタリーベース増額は60~70兆円、国債購入は50兆円であった。これを14年10月の追加緩和で、どちらも80兆円に引き上げたという経緯がある。
国債購入額を70~90兆円という決定に対して市場はどう反応するだろうか?おそらく量的緩和縮小と見て、円高に振れ株安に向かうだろう。しかし、明確な方向転換に比べれば衝撃度は少なくてすむ。
先送りは致命的
日銀にとって追い風になるかもしれないのは、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ決定だ。FOMC(米連邦公開市場委員会)は日銀の金融政策決定会合と同じ21-22日に開催される。日本との時差が13時間あるので、FRBの決定の方が遅くなるが、米連銀が利上げに踏み切れば円安になる可能性が高い。イエレン議長は利上げを臭わせているものの、就業者数の伸びが予想以下だったこともあり実施は微妙だ。今回は見送り12月になるかもしれない。
このあたりも判断材料になるのだろうが、大局的に見ると安倍政権は7月の参院選で圧勝、しばらく国政選挙はない。政治的な環境としてはこれ以上のものはないだろう。であれば多少のリアクションを覚悟すれば方向転換は十分可能なはずだ。この時期を逃すと日銀はさらに追い込まれることになるだろう。