日誌


2022/01/22

POLITICAL ECONOMY第208号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ポストコロナはスタグフレーションの時代か?
                 横浜アクションリサーチ 金子 文夫

世界はインフレに突入

 日本の物価上昇が止まらない。ハム、食パン、カップ麺等の食料品、ティッシュペーパー等の日用品、そしてガソリンなど、多くの商品の小売価格が値上げまたは値上げ予定となっている。消費者物価指数は、2021年12月に前年同月比0.5%、22年1月0.2%上昇し、5カ月連続のプラスとなった。携帯電話料金の大幅値下げの影響が消える4月には、日銀が目標とする2%を超えるかもしれない。

 消費者物価指数の上昇に先行して企業物価指数が歴史的高水準にある。21年11月9.2%(41年ぶり)、12月8.5%、22年1月8.6%と高止まりしている。企業物価指数に影響する輸入物価指数も激しく上昇し、2021年を通じて22.7%、年末の11月、12月とも40%以上、22年1月37.5%ときわめて高い数字である。

 現時点では消費者物価指数は目標の2%に届かず、世界的にみて依然として低い水準にあるが、米国は40年ぶりの激しいインフレに見舞われつつある。消費者物価指数は目標の2%を超えて上がり続け、12月に7.0%、22年1月に7.5%に達した。欧州もまた米国から遅れながらも後を追っており、22年1月には過去最高の5.1%に達した。

インフレ要因は複合的

 世界的な物価上昇要因はコロナ禍に起因する需給不均衡と、長期的な気候変動の影響との複合であり、一時的な現象にとどまらない。きっかけはコロナによる供給不足(物流の停滞、サプライチェーンの分断など)だったが、影響は原油、金属、穀物等の国際商品にも及び、19品目総合指数は2021年の1年間で5割近く上昇し1995年以降で最大の上げ幅となった。

 特に原油価格の上昇は目立っており、21年1月に1バレル50ドル(WTI原油先物)だったのが、ウクライナ危機の影響も加わって22年2月末には100ドルを突破するほどになった。コロナによる需要減少を見込んで産油国が協調減産を行って供給量を絞った結果だが、需要回復に見合った産出量の回復が生じていない。そこには長期的な脱炭素の流れを見込んで、産油国が開発投資に消極的になったことが影響している。穀物等の農産物価格の上昇も、コロナ禍の労働者不足による減産と、気候危機による不作が重なったものだ。これに加えて米国では労働力供給の逼迫による賃金上昇が目立っている。

 一方日本では、円安が輸入物価の上昇を招き、重要なインフレ要因となっている。円相場は2021年1月に104円前後であったのが、22年1月には115円まで下落した。

米国金融政策の転換とその衝撃

 連邦準備制度理事会(FRB)の2021年夏頃の認識は、インフレは一過性であり、いずれ供給サイドが回復して落ち着くというものだった。しかし21年末には認識に変化が生じ、供給制約、労働力不足が長期化するなかで物価と賃金が並行して上昇する本格的なインフレモードに入ったと判断するようになった。22年1月、FRBは金融政策の大転換を表明、3月から連続して政策金利を引き上げる見通しだ。量的緩和は、21年11月から買入れ量を減らし始め、22年3月に終了したのち、7月からは資産の圧縮に取り組むとみられる。

 インフレ抑制政策は、強すぎれば景気を落ち込ませ、バブル状態の金融市場を攪乱させるが、弱すぎればインフレを阻止できず、政治の側から強い圧力がかかってくる。景気を持続させつつインフレを抑制するのは至難の業だ。

 金融引締め政策は多方面に影響する。第一に長期金利の上昇(債券価格の下落)を招き、債券市場を冷え込ませる。第二に株式市場が暴落するリスクがある。ハイテク株はすでに値下がりを開始している。株式市場の混乱は実体経済に波及していく。第三に米国の金利上昇は、ドル債務を抱える新興国の利払い負担を増やし、資金流出を招き、通貨安、輸入物価上昇を通じてインフレを増幅する。

日銀はどうするのか

 日銀は物価目標2%を掲げ、2016年9月からマイナス金利政策をとってきたが、一向に効果が現れない一方、副作用が目立つようになっている。黒田日銀総裁は、物価目標2%の達成はまだ遠い先のこととして、緩和政策の転換を強く否定している。長期金利上昇の圧力に対しては、10年物国債を利回り0.25%で無制限に購入という強硬な金利抑圧策を繰り出した(2月14日)。

 この先、物価水準が2%に達したならば日銀はどうするのか。おそらく金利引上げには消極的だろう。金利上昇は、低金利状態に慣れてしまった政府、金融機関に深刻な衝撃を与える。株価も大幅に下落し、景気は冷え込む。

 とはいえ金融政策を変えないままでは、米欧との金利差が拡大し、日本からの資金流出、円安の加速が生じる可能性がある。そうなれば輸入物価は一段と上昇し、国内のインフレを増幅させる。今後一定の名目賃金上昇があるとしても、それが物価上昇に追いつかないならば、実質賃金の下落をもたらし、日本経済は不況下のインフレ、スタグフレーションに陥るかもしれない。


11:01

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告