日誌


2022/08/25

POLITICAL ECONOMY第221号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「動かぬ日銀」というわけにはいかなくなった

                   経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 「開放的な雰囲気で各国中銀首脳・幹部が交流する中、律儀にマスクを着用する黒田総裁は日本の“保守的な”金融政策を象徴するようだ」

 8月25-27日に開かれたジャクソンホール会議での黒田東彦日銀総裁の行動を皮肉たっぷりに報じたのは「日経ヴェリタス」だ。国際会議で黒田総裁の行動が目に浮かび思わず失笑してしまう。

 急激に進む円安は7日、ついに1ドル=144円台をつけた。1週間で6円の下落だ。そして14日も再び144台乗せとなった。慌てた日銀は金融機関に対し相場の水準を聞く「レートチェック」を行い、鈴木俊一財務相は口先介入を繰り返した。しかし、円安の動きは止まらない。98年8月の1ドル=147円台を目指す展開となる可能性がある。

 物価高騰も続いている。7月の物価上昇率は前年同月比総合で2.6%、生鮮食品を除く総合で2.4%、生鮮食品、エネルギーを除く総合は1.2%。先行指数である東京都の8月の物価上昇率を見ると総合2.9%、生鮮食品を除くと2.6%、生鮮食品、エネルギーを除けば1.4%と着実に上昇している。

 帝国データバンクの「『食品主要105社』価格改定動向調査(9月)」によると、10月に値上げを予定している食品は6500品目にもなる。年内では累計で2万56品目に上る。早晩、全国のエネルギーを除く総合でも3%台乗せとなるだろう。

世界は利上げ、日銀マイナス金利

 欧米など主要国の金利引き上げのピッチを加速している(図参照)。9月に入ってカナダ中央銀行は政策金利を0.75%引き上げ3.25%にした。ECB(欧州中央銀行)も0.75%引き上げ1.25%にしている。FRB(米連邦準備制度理事会)はアメリカの8月の物価上昇率が8.3%だったこともあり、20-21日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で6月、7月に続き0.75%の利上げを行い3-3.25%にすると見られる。
 世界の主要国が相次いで利上げを行っているのは高インフレを抑制するためだけではない。先行して利上げを進めるアメリカとの金利差を縮め自国通貨安を避けるという側面もある。

 インフレについて言えば、英国9.9%(8月)、フランス6.1%(7月)、ドイツ8.5%(7月)と厳しいインフレに見舞われている。先行きも物価上昇は続くと見られ、景気を減速させてでも高インフレを押し下げようという決意は固い。

 日銀が動かないのは、欧米諸国とは逆に「インフレより景気を重視」しているためだ。景気を良くして金利を上げられる環境を作るということなのだろう。しかも他の主要国ほど物価上昇率は高くない。さらに物価も円安もそろそろピークに近づき、主要国の利上げも年明けには一段落するという見方もある中でムリする必要はない。「我慢のしどころ」ということなのだろう。
  
 しかし、これで本当に良いのだろうか?改めて現在の金融政策を確認すると、アベノミクスによる異次元緩和で政策金利は16年1月からマイナス0.1%を続けている。金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に適用、金融機関は当座預金にお金を預けると0.1%取られる。マイナス金利を実施しているのは、主要国では日本とスイスだけ。そのスイスも近く転換する。

 もうひとつは、短期金利のマイナス0.1%と長期金利(10年物国債の利回り)をゼロ%にする「イールドカーブコントロール」である。長期金利の操作は、10年物国債の利回りを±0.25%の範囲に収めるというもので、プラス0.25%に近づくと日銀は国債を無制限に購入する指し値オペを実施してきた。

 つまり極端な金融緩和政策を頑なに続けているわけだ。しかし、世界の主要国が金融引き締めに転換、利上げを進めている時に指をくわえてみていると金利差はより拡大、さらに円安が進むので物価も上昇する。何よりも超低金利で景気回復が進んでいるわけではない。

 とすれば欧米諸国と同じように軸足をインフレ抑制重視に置いて「金融緩和姿勢からの転換」のメッセージを打ち出すべきではないだろうか。ここまで来れば修正いや微修正であっても大きな意味を持ってくる。

 例えば10年物国債の利回りのレンジを0.5%にする。あるいは、10年物国債金利について指値オペの実施を毎営業日行うとされているが、この「毎営業日」を削除するという案もある。これは元日銀審議委員の木内登英氏のアイデアである。「毎営業日」という表現は4月の金融政策決定会合から入ったものだ。


「身動きできない日銀」から「身動きする日銀」へ

 では、日銀は動くのか。黒田総裁の任期は7カ月を切った。黒田氏の後継は雨宮正佳副総裁、中曽宏前副総裁の日銀出身者の両者の争いと見られる。大方の見方は新しい総裁のもとで金融政策は転換されるというものだ。確かに黒田総裁はへたに動いて汚点を残したくないと考えているのかも知れない。これにレームダック化が重なればさらに動きは鈍くなるだろう。

 逆に黒田総裁のもと金融緩和策を終わらせるという選択肢、すなわち正常化の道筋をつけることを「花道」にして引退ということがあってもおかしくない。「微修正」であろうと動かなければならないとすれば、装いを凝らし「花道」に仕立て上げるのである。

 黒田総裁であろうと後継総裁であろうと、ちょっと動いただけでヘッジファンドにつけ込まれることは覚悟しなければならない。利上げをすれば必ず金利は上がる。そうなると膨大な債務を抱える政府の財政にとってはリスクとなる。また、金利が上昇すれば国債価格が下落するので、大量の国債を抱え込む日銀(これ自体が異次元緩和のツケなのだが)は、時価評価とはいえ債務超過に陥るリスクがある。

 株は下落し景気も落ち込むだろう。FRBによる大幅利上げ観測で13日のニューヨーク市場は一時1300ドル超下落したことを見れば明らかだ。また、わずかな利上げでも低金利に慣れきった日本経済へのダメージは大きいだろう。

 いつ動いても厳しい。というより主要国との金利差が拡大すればより厳しくなる。ならば政府の財政出動と連動させて、可能な限り軟着陸を目指して少しずつ動くしかないのではないか。


09:41

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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