日誌


2016/12/06

POLITICAL ECONOMY 第84号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
アベノミクスに替わる経済政策とは
                    経済アナリスト 柏木 勉

 2017年度予算案は一般会計で総額97兆4500億円となり、5年連続過去最高となった。マスコミは、社会保障費が膨れ上がり、国債の新規発行は若干減ったが借金頼みが続くとして、あいもかわらず膨張した国債残高を強調している。

 そこで、今回は財政再建と財政支出拡大をめぐって、日銀保有国債について2、3点述べたい。これはアベノミクスに替わる経済政策を考えるうえで重要な論点である。

日銀は政府の借金を400兆円削減したが、景気浮揚は失敗

 管理通貨制度のもと、日銀は異次元緩和を続け無からつくりだしたカネで国債を大量に購入している。その結果、日銀保有国債は410兆円を越えた。国債残高1100兆円の38%である。その意味するところは何か?それは政府の民間に対する借金を日銀が410兆円減らしたということだ。それだけ政府の借金を返したのだ。だから財政再建は進んでいる。政府の借金が1100兆円もあると大騒ぎするのは間違いだ(安倍政権もこの点の認識は曖昧模糊としているのだが)。

 一方、異次元緩和で日本経済を浮揚させようとした目論見は失敗した。すなわち膨大な日銀の国債購入代金は銀行の日銀当座預金に振り込まれている。だが、それは設備投資や消費などの需要拡大にむすびつくことはなかった。

 したがって今後必要になるのは金融緩和と明確な財政支出拡大の2本立てだ。その場合の財政支出は福祉への大規模重点投入にしなければならない。反自民・公明の勢力はこれをアベノミクスに替わる経済政策として確立すべきだ。

日銀保有国債はチャラにできる

 経済全体に供給能力に余力があり供給過剰にあるとき(不況時の縮小均衡)、日銀が無からカネをつくりだし(印刷機で紙幣をいっぱい刷って)、そのカネで政府が財政支出すれば(日銀による国債の直接引き受け)、需要が現実に発生し拡大するから生産は拡大する。この時注視すべきは、日銀がつくりだしたカネの量と拡大した経済規模だ。つくりだされたカネに見合うように経済が拡大しなければ、需要>供給となって悪性インフレが起こる。十分な拡大均衡になれば悪性インフレは起こらない。ともかく経済が拡大してインフレ目標をかなり超えて物価が上昇すれば、日銀は物価抑制のため保有国債を売って市中からカネを回収しなければならない。だが、縮小均衡時の流通に必要なカネの量よりは拡大均衡時に必要なカネの量のほうが大きい(*注)。

 だから、その分(その差)だけ保有国債の売却は少なくて済む。少なくて済む分は日銀が保有したまま、つまり塩漬け(チャラ)にしたままでよい。塩漬けになった国債(政府の借金)は返済不要の借金になる。従って、財政出動をてこにした順調な経済の拡大で政府の借金は減少する。本当の完全雇用状態(供給能力一ぱいの拡大均衡)に達するまでは、日銀が無からつくったカネで財政支出を拡大できるのだ。

日銀による国債の直接引き受けで福祉への重点投入を

 そこで問題になるのが何を対象に財政出動するかだ。それはいうまでもなく、少子高齢化対策、福祉の大幅拡充だ。これら分野の将来不安が日本経済を低迷させていることは明らかなのだから、そこへの財政の重点投入は潜在需要を大きく喚起して経済は本格回復するだろう。

 この点に関して、日本経済はすでに完全雇用状態に達しており、潜在成長率はゼロだとか諸々の声があるが、それらは間違いだ。

 雇用環境が改善されたのは事実だが、労働力がボトルネックに達したとは考えられない。正社員の有効求人倍率が1を相当オーバーし、なおかつ正社員の高い賃上げが持続しないかぎり、まだ本当の完全雇用状態とはいえない。現在の正社員の状況はそのような状態とはほど遠い。また製造業の実稼働率も75%である。内閣府や日銀のいう「潜在成長率ゼロも真に受ける必要はない。この計算には相当の推計誤差があるし、そもそも50年も前に理論的に破たんしたことが証明されている。そんな代物だ。

 少なくとも日本経済は実質2%成長を3年は続けられる成長力を持っている。完全雇用に達した後は増税が必要だが、その前に以上述べたように本当の完全雇用に達するまでは福祉中心の財政支出で成長を達成出来る。成長する間は塩漬けできる国債は一層多くなり、政府の借金は減少する。

 この点を明確にしなければ民進党をはじめとした野党勢力の浮上はない。福祉充実を訴えても財源を聞かれてうろたえる。それでは「他よりよさそうだから」という、多くの国民の意識によって安倍政権の高い支持率が続くことになる。

*注: 縮小均衡にあるときの貨幣流通量Mは
M=PT/V——(1) 
Pは価格、Tは取引量(実質GDP)、Vは流通速度である。なお、上式は均衡状態で考えているから恒等式ではなく決定式(因果式)である。P、T、Vが先に決まって、Mがその後に決まる。だから貨幣数量説によるものではない。その後、経済が一定の拡大均衡に達したとき、同様にM*=P*T*/V*——(2) 
が成立するが、Vに変化がないとみなすと、(1)式のPTより
(2)式のP*T*
の方が大きくなっているから M*>Mとなる。


14:54

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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