日誌


2022/03/20

POLITICAL ECONOMY第210号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
TSMCの工場建設でシリコンアイランド九州の復活を期待

                                   元東海大学経営学部教授 小野豊和

 2021年10月14日、半導体の受託生産で世界最大手の台湾のTSMC(台湾積体電路製造)が台北で「日本で初となる工場を建設する」と発表。22年に着工し、24年末に量産に入る。この日の夜に記者会見した岸田文雄首相は「経済安全保障に大きく寄与することが期待される」と歓迎し、総額1兆円に及ぶTSMCの投資を政府として支援する方針を表明した。翌10月15日には萩生田経済産業大臣が「必要な予算の確保と、複数年度にわたる支援の枠組みを速やかに構築したい」と経済安全保障の観点から手厚く支援して行く姿勢を示した。

 新工場は熊本市に設立した子会社JASM(ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング)が菊陽町の第二原水工業団地(約21.3ヘクタール)に建設する。新工場の設備投資額は約9800億円で、回路線幅10~20ナノメートル(ナノは10億分の1)台のロジック半導体を月間5万5000枚(300ミリウエハー換算)生産する計画。約1700人の先端技術に通じた人材の雇用創出を見込む。

雇用創出、地場企業の活性化、人口増加を目指す

 熊本県は、国家的プロジェクトでもあるこの新工場建設と今後の操業が円滑に進むよう、関係機関と連携して人材の育成・確保や交通渋滞対策などに取り組んでいる。このビッグチャンスを生かし、新たな雇用の創出、地場企業の活性化、定住人口・交流人口の増加など、県内への波及効果を最大化させるとともに、将来的にはシリコンアイランド九州の復活につなげ、半導体の安定供給を通して日本の経済安全保障に貢献しようとしている。

 蒲島郁夫熊本県知事は2月10日の会見で「熊本の地から国の経済安全保障の一翼を担いたい」と述べた。熊本には以前からソニー、三菱電機、ルネサスエレクトロニクス、東京エレクトロンなど半導体関連企業が集積している。熊本が選ばれた理由は約200社に及ぶ関連企業の集積、交通アクセスの良さもあるが、半導体生産に欠かせない水資源が豊富なことで、特に熊本地域は阿蘇の伏流による豊富な地下水に依存していることが誘因の理由でもある。

 また、雇用や税収の増加だけでなく、取引の拡大や企業の技術力向上に伴う新しい産業の創出が期待できる。魅力のある人材を国内外から熊本に呼び込むこともできる。県経済への波及効果はもちろん、シリコンアイランド九州の復活につながり、そうした力が日本経済を下支えになる。国際貨物量の増加も期待され、八代港と熊本港への航路新設や増便、TSMCが立地予定の菊陽町の下水道整備、空港まで延長計画があるJR豊肥線の新駅などインフラ整備に力を入れようとしている。

 経済効果は熊本をはじめ九州全域への波及が期待される。九州全体の半導体生産額は2020年で7360億円。全国のおよそ4割を占める。大手の半導体メーカー以外にも、工程ごとに携わる中小の関連企業や製造装置メーカーも多く、半導体サプライチェーン全体の底上げにつながる。半導体の専門人材の確保・育成についても動き出した。

熊大は専門人材の育成拠点に

 熊本大学は毎年60人ほどの半導体関連の人材を輩出してきたが、4月から大学院先端科学研究部に「半導体研究教育センター」を設置して専門人材の育成拠点とする。小川久雄学長は「TSMCの進出は50年に一度のチャンス」と位置づけ、同センターを中核にして県立技術短期大学校(菊陽町)や高等専門学校と連携した人材育成プログラムの作成をめざす。熊本をはじめ九州6県にある8校の高専を半導体の人材育成拠点に位置づけ、必要なカリキュラムを整備するなどして専門人材を輩出していく。また、台湾とのビジネス交流なども活発になるとみて、外国人向けの教育や国際交流も充実させる考えだ。

 インターネットの就活情報サイトによると、JASMは設備機器や環境・安全・衛生、生産管理、プロセス設計などのエンジニアを募集している。JASMの給与水準は23年4月入社見込みの学部卒で月給28万円、修士卒で同32万円、博士卒で同36万円とする。厚生労働省まとめの20年賃金構造基本統計調査によると九州7県の新規大卒者の平均給与(従業員10人以上の製造業)は20万8000円。熊本県に限定すると21万2400円。JASM新工場に近いソニーグループの半導体製造子会社のソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(熊本県菊陽町)は、同サイトによると学部卒の給与が同22万9500円。同じく県内に半導体工場を構える三菱電機とルネサスエレクトロニクスも大卒の給与がそれぞれ21万7000円なのでJASMの好待遇が際立つ。

 熊本県工業連合会田中稔彦会長(金剛社長)は「会員企業の中には人手不足につながることを心配する声も上がっているが、経済波及効果は大きい。優れた人材、巨額の投資、周辺企業の進出などを期待」、熊本経済同友会代表幹事の平田雄一郎(平田機工社長)は「人材は必ずしも熊本だけで集めるとは限らない。世界中から集められるはずだ。優秀な人材が熊本に集まり、関連企業が集まれば仕事量が増えることも予想される」とTSMCの熊本進出を大いに期待している。                                       


15:20

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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