日誌


2022/03/21

POLITICAL ECONOMY第211号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「東欧のシリコンバレー」ウクライナ
        
           グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 現在のウクライナは、もともとポーランドの一部だった。18世紀後半にプロイセン、ロシアなど周辺の大国が、ポーランドを分割した結果、西はハプスブルク家が統治する後のオーストリア=ハンガリー帝国、東はスラブ系のロマノフ家が統べるロシア帝国となった。

 その境界の「荒地」は、ハプスブル・ロマノフの両王朝の民族的区別があいまいなままに扱われ、現在もウクライナ西部では主にウクライナ語を話す人が多く、東部や南部に行くにつれてロシアの住民が多く、これが長く19~20世紀の帝国主義時代にも引き継がれてきた。それが、ハプスブルクの系譜をひく欧州連合(EU)とロマノフ系のプーチン・ロシアとの「国引き」の狭間にさらされている。

 第二次世界大戦以降も、ウクライナは「ヨーロッパの穀倉地帯」と呼ばれ、また「世界の天然鉱物資源の宝庫」と言われてきたが、大戦前からの積み上げてきた理系専門教育を受けた人材を、旧ソ連の大陸間弾道ミサイル、核弾頭、ソユーズロケットなどの開発・製造に便利に都合よく使われてきた。

賃金は低いが技術は高い

 1990年代に入って、ウクライナは旧ソ連邦からの独立運動を経て、優秀な理系人材を生かす政策に転換してIT立国を目指す時代を迎える。

 その結果、ウクライナ投資庁によると、2018年の同国のIT(情報技術)人材は24万人以上、その企業数は5000社を超え、IT産業市場規模は約45億ドル(約5,000億円)と、今やウクライナは「東欧のシリコンバレー」といわれるようになっている。

 ウクライナのIT企業は、クラウドサービスやビッグデータ、サイバーセキュリティー、人工知能(AI)など世界の最先端を担い、首都キエフ(IT人材7.6万人)、西部の古都リビウ(2.5万人)、東部の工業都市ハリコフ(3.1万人)が三大IT集積地となっている。

 だが、その特徴は米・欧・日の大手IT企業にアウトソーシングサービス(海外大手企業の請負)を提供する企業が多いことだ。同国のアウトソーシングの比率は、IT産業全体の70%に達し、米・欧・日の大手IT開発企業のアウトソーシング国家になっている。

 それでも、ウクライナのIT産業が世界から注目される背景には、技術者のスキル水準が高いこと、そして英語が通用することである。しかし、何よりもIT産業のソフトウエアエンジニアの平均給与が低いことである。ウクライナのソフトウエアエンジニアの平均給与は1万5,000フリブニャ(約6万円)。かつてはアメリカのシリコンバレーの賃金差の10分の1であったとされた。それが4分の1になった。また、西欧や日本とくらべても約半分だ。これがウクライナの売りなのである。日本のIT企業にとって、ウクライナの魅力は低賃金であるはずだ。

ソフトウエアの「世界の工場」

 ウクライナのIT産業の現在は、JETROの調べによるとCAD(Computer Aided Design、「コンピューター支援設計」)を使う世界のシステムエンジニアの間で驚異的な人気を誇るフリーソフトのRingやAIを利用した画像編集アプリ・ソフトのSkylum、オンライン語学学習アプリのPreplyなど、このほかリアルタイムのAIによる顔すげ替えアプリのReface、留守中のペット監視カメラアプリのPetcube、AIを利用した画像編集アプリ・ソフトのSkylumなど、世界中のシステムエンジニアが日常的に使っているコンピュータソフトがウクライナ発である。

 製造業の「世界の工場」が中国ならば、ソフトウエアの「世界の工場」はウクライナなのである。21世紀の半ばから後半にかけて、この二つの国とは関係を密にしておいた方がいい。とりわけ、日本IT企業はウクライナへの進出は、日立製作所の例外を除けば指折り数えるくらいである。ウクライナからロシアが撤退し戦争が一刻も早く終結することを望む。そして日本企業の積極的な進出を期待したい。


11:48

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告